座技好み/(武術・武道)
- 2012/02/11(Sat) -
 本日は、本稽古の前に2時間ほどみっちり、居合(座技)を抜いた。

 斯界では一時、「座技不要論」を称える高名な方もいらっしゃったけれども、私は個人的に座技が好きだ。

 これは居合・抜刀術に限らず、柔術でも私は座技が好きである。

 ことに座技の捕手とかで、パーンと当身をかましてから逆手や投げで相手をひっくり返して拉ぐとかいう技なんぞは、なんともワクワクするもんだ(笑)。

 ・・・、閑話休題。

 さて正座にせよ、居合腰にせよ、座技というのは下半身に形而上下それぞれの意味での「負荷」がかかっている中で、技を遣わねばならぬところが、稽古の肝であり、楽しみでもある。

 わざわざ不自由な体勢、あるいは不安定な体勢から、技を発し、それを意味あるものにするというのが、稽古の方便としてたいへんにおもしろい。

 また、限られたスペースを効率よく使って稽古できるというのも、座技の魅力だ。居合であれば二畳もあれば十分であるし、柔術ならば一畳でよい。

 さらにこれは個人的な感覚ではあるけれど、同じ技でも立合よりも居合の方が、軸の歪みや技の崩れが、よりビビットに感じられるように思う。

 では、手裏剣術の稽古における座技の効用とはなにか?

 まず第一に、下半身の力や体幹の移動力を使うことができないため、腕の振りと脱力による打剣を理解することができる。

 第二に、手の内、腕の振り、構えについての、微妙な使い方とそのチェックに集中することができる。

 以上の2点が挙げられよう。

 なお、座技での打剣は正座のほか、跪坐(正体)、跪坐(半身)と、主に3つの姿勢があり、それぞれに体軸の置き方と腕の振り・構えの要点が異なってくるのは、言うまでもない。

 いずれにしても、座るという行為そのものは、何か自分の中に流れる日本人のDNAを刺激するような、そんな気がしてならない・・・。

Kondo_Isami.jpg
▲近藤勇先生の正座

(了)
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