雨水夜話/(身辺雑記)
- 2012/02/23(Thu) -
 ここ最近、プロバイダの不調かホームページの不具合か、当庵宛てに送信したメールが届かないという事案がいくつかありました。

 メールなど送信されてから1週間以上、私からの返信など反応がないような場合は、ホームページのリンクや「お問い合わせ」からメールを送らずに、当庵のメールアドレスをコピー&ペーストして各人のメールソフトから送信するか、ホームページの掲示板にでも、その旨や用件などを書き込んでいただければと存じます

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 今日、なじみの編集者から来たメールの追伸に、「イランで女性忍者が大流行しているらしいですね……(笑)」とのコメントが。

 忍者・・・。

 ・・・。

 ま、いいんだが。

 当庵では忍術の指導はしていない、念のため。

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 スマートフォンに対して、従来型の携帯電話を、日本という特異な市場で独自に進化した携帯電話として、ガラパゴス携帯、略して「ガラケー」と言うそうな・・・。

 言葉のやり取りにも、当然ながら「間合」と「拍子」、そして「位」があるわけで、「ガラケー」という言葉を積極的に使っている人は、たいがいスマートフォンを使っているようであり、そこにはいわゆる「上から目線」がひしひしと感じられるような気がするのは、私だけではあるまい。

 ま、端的に言えば、「ガラケー、ガラケー」と連呼している人からは、「オレってスマホだけど、何か?」的な、さりげない自己主張という名の上から目線という、野暮な風情を感じるのである。

 けして、スマートフォンを使っていないもののヒガミではない(笑)。


 同じように、端で聞いていて野暮だなあと言葉に、素人が使う専門職の符牒がある。

 たとえば、寿司屋で「アガリ頂戴」とかいう半可通とか、居酒屋で「お愛想」とかいう勘違いである。

 いまさら説明するまでもないことだが、アガリもお愛想も、店の側が使うべき言葉で、客が言うもんじゃあない。普通に「お茶をください」、「ご馳走様。会計をお願いします」といえばいいのである。


 一方で、売り手の側の不快な言葉に、いわゆるバイト敬語というのがある。

 店に入ったとたんに、「いらっしゃいませ、こんにちわー」といわれると、「あんたと友達になった覚えはねえ」とつめよりたくなるのは、私だけではあるまい。

 「いらっしゃいませ」と「こんにちわ」は、並立する言葉じゃあねえんだよ。

 また、これらはだいぶ指摘されつくしているけれど、フロアのスタッフが「ペスカトーレになります」とか言うもんだから、「じゃあ、ペスカトーレになる前は、何だったんだい?」と聞きたくなるのは、私だけではあるまい。

 「ペスカトーレでございます」と、なぜ普通に言えないのだろうか?


 「1万円から、お預かりします」というのも、イラッとするものだ。

 「から」というのは、どこからなんだ? 基点が1万円なのか? では、何か追加してださなけれりゃあいけないのか? っと、理不尽な戸惑いを感じるのは私だけであるまい。

 「1万円、お預かりします」と、普通に言えばよい。


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 「銀座ルパン」と言えば、太宰治や坂口安吾など、昭和の文士たちに愛された老舗バーである。

 20世紀の終わりも近づいていた1990年代半ば、まだまだ駆け出しの記者だった私は、某社の仕事で、ルパンの名バーテンダーである高崎武さんにインタビューをする機会を得た。

 取材はつつがなく終わり、無事、本が出版された後、高崎さんから私宛に封書が送られてきた。

 「良い記事を書いてくれてありがとうございます。取材を受けても、意に沿わない記事になることも少なくないなか、しっかりと書いていただきうれしく思います」という、お礼の手紙であった。

 物書きの仕事を始めて、今年でちょうど20年になるのだが、後にも先にも、取材後にこのような丁寧なお礼の手紙をもらったことはない。

 この高崎さんからの手紙は、記者としての私の宝物となっている。

 後日、知り合いのとある茶道師範にこの話をすると、

「茶道では、茶会に招かれた翌日、お礼に行くことを『後礼』といいます。正式には、直接出向いてお礼をするのですが、現在はなにかと忙しい世の中ですから、手紙で後礼を申し上げることもありますね。いずれにしても、茶の湯の一期一会は茶室で終わるものではなく、後礼までを含めた縁(えにし)なのです。市村さん、良い勉強をされましたね」

 と評してくれた。

 高崎さんにいただいた後礼の手紙は、私に活きた「礼法」のあり方を教えてくれたように思う。

 銀座ルパンの高崎武さんは、2008年7月18日、82歳で逝去された。

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 武芸というのはいくつになっても、畢竟、自分以外の他者から、学ばねばならない。

 宮本武蔵のような師を持たぬ天才でも、天地の道理から剣の理を学び取ったことは否定できない。

 ゆえに易に曰く、
 
 「蒙は、亨る。我童蒙を求むるにあらず。童蒙来りて我に求む」

 という。

 「我」というのは、蒙昧な者を教え導く者、つまり指導者である。「童蒙」とは蒙昧な者、つまり教えを求める生徒だ。

 武芸に限らず、芸事や学問というのものはすべからく、童蒙のほうから師に教えを求めてやってくるものである。

 教えるというのは、自分から出かけて行って教えるのではなく、相手が教えて下さいと言って求めて来たときに教えるものだと、儒学の経典である易は諭しているのだ。

 自分から、「教えさせてください」というような先生は、とりあえず疑った方がいい(笑)。

 一方でまた、たとえ自らが教える立場になっても、「学ばせていただく」という姿勢を失ってはならない。

 ゆえに私自身も、未熟ながらも稽古場で人様に指導をさせていただきながら、武芸の道理を学ばせていただいているのである。

 「童蒙」たる己のあり方を見失うということは、つまり彼我の「位」と相手との「間合」を見失うことである。

 そして「位」と「間合」を見失うということは、立合においての敗北につながることは言うまでもない。

(了)

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