試斬稽古備忘録/(武術・武道)
- 2012/04/19(Thu) -
 先日の苗木城桜まつり武術演武会の翌日は、戸山流居合抜刀術中津川稽古会の皆さんの稽古に参加させていただき、斬りの稽古(試斬)を行った。

 同会の試斬は、刃引きの真剣を使い、試物(試し斬りの対象)には、畳表や巻き藁ではなく、竹を用いる。

 翠月庵では、例年、年2回ほど中津川稽古会にお邪魔して合同稽古を行っており、その際、試斬の稽古もさせていただいている。


 試斬という行為については、各派各流、それぞれの考え方があろうが、私の個人的な考えとしては、武術としての剣術や居合・抜刀術を志しているのであれば、試斬は必須であると同時に、固執する必要もない。

 稽古の本義は、あくまでも正しい型(形)稽古であり、自由攻防も含めた相対稽古であるからだ。

 一方で、型稽古や相対稽古だけで、まったく試斬を行わないのでは、それは武術ではなく、剣舞やスポーツである。

 ゆえに形稽古、相対稽古、斬りの稽古、これらを三位一体とし、バランスよく行うのが、武術としての剣術、居合・抜刀術のあるべき姿であり、イメージ的には、型稽古5:地稽古や自由攻防などの相対稽古3:斬り稽古2、くらいの稽古配分がもっとも良いのではないかと思う。

 もちろんこれは、あくまでも大雑把なイメージなので、たとえば20代くらいの元気な稽古者であれば、地稽古や自由攻防の割合をもっと増やし、がんがん打ち合うなど、年齢や経験、環境や課題などによって、3つの稽古の配分は変わってくるであろう。

 いずれにしても、型稽古だけに固執する、相対稽古だけにこだわる、試斬だけに執着する・・・。

 これらはいずれも、武芸者としての、心の「居着き」だ。

 心すべし。


 本身での軽い素振りの後、青竹を「型の動き」の通りに斬る。

 この、「型の動きで斬る」というのが重要であり、「試物を斬るために斬る」のは初心者ならかまわないが、中級以上の者が行うべき稽古ではない。

 適切な刃筋で斬ると、刃引きをした本身でも、ほとんど手ごたえなく竹が両断できる。

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 ▲斬った後の試物の竹。この写真は、4年前の稽古の際に撮っ
 たものだが参考までに


 また、手ごたえと切断面を観察することで、自分の刃筋や太刀行き、刀勢の正誤が確認できる。

 稽古に使う刀は、まず二尺二寸で1kgほどのものを使用。ついで二尺三寸、1.2kgほどの刀でも試してみる。

 私の場合、普段の稽古で使っているのが二尺四寸五分、1kgなので、いずれの刀も短めに感じるが、それほどの問題はない。少なくとも、この程度の刀身長の変化で、間合を誤ってしまうようでは、情けないことである。

 一方で重さについては、当初、二尺三寸の剣がいささか重く感じたが、慣れてくると、こちらの方が刀そのものの重さを利用できるので、試し斬りには良いと感じる。

 しかし、あくまでも武術として、「剣を用いての攻防」という点を考えると、こちらの剣は、私にはやはりいささか重いように感じられた。

 試物は、手首大からそれ以上の太さで、前回の斬りの稽古時よりも全体的に太めの竹を使わせていただいたが、それなりに斬れたかと思う。

 1時間半ほどの稽古で完全に斬り損じたのは、左袈裟(向かって時計の針の1時方向から、7時方向への斬り下ろし)で1回であった。

 それにしても、実際に試物を斬ってみると、己の刃筋の乱れ、太刀行きのばらつきがしみじみと、身にしみるものである・・・。


 武術としての剣術や居合・抜刀術の稽古において、過度にモノ斬りに耽溺してしまうのは偏向だが、一方でまったく斬りの稽古を行わないのも奇形である。

 今後も翠月庵の稽古では、型稽古、相対稽古、斬りの稽古、それぞれのバランスを考えて、適切な鍛錬を心がけていきたい。

(了)
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