武の名著(1)/富木謙治著『合気道入門-当身技と関節技の合理的練習法-』
- 2008/12/10(Wed) -
 今でこそ手裏剣術が表看板だが、若いときには剣術やら抜刀術やら拳法から、まあいろいろ雑多な稽古をした。なかでも最初に一番打ち込んだのは柔術だったなあ・・・。などと話すと、最近の若い人には「へ~、やっぱグラップリングが一番っすかね」などと言われてしまい、時の流れを実感してしまう・・・。

 柔術に関しては、私は12歳から足掛け10年にわたり、八光流伊豆道場・石津先生の薫陶を受けた。初めて、簡単な抜刀術の指導を受けたのも、この頃である。ご存知の方も多いかもしれないが、八光流の場合、三段技までは一般的な教伝だが、四段技からは師範技を学ぶことが前提でないと指導してもらえない。しかし私は、どういうわけか四段技まで指導してもらった記憶がある。

 私が得意だったのはいわゆる四方投げ(「東西南北投げ」とも言っていたような記憶がある)であった。また、手刀や親指一本の当身を、得意になっていた。一方で柔術ではおなじみの小手返し(「木の葉返し」という)は、当流の場合、一般的な流儀のように両手で行わず、拍子と体動を活かして片手で行うため、たいへん難しかった。

 またこの時期、わずかの間であったが、天真神揚流の久保田敏弘先生を東京に尋ね、延べ数日間であったが、手解と初伝の座技・立技をいくつか指導していただくことができた。しかし、これは伊豆から東京まで通うのが困難であり、継続できなかったのは、いまもって残念なことである。今となっては、手解の「鬼拳」、「振りほどき」、立合の「突掛」など数本の形しか記憶にない。しかし、「連拍子」という形(技)はたいへんユニークなもので、拍子が合うと豪快に吹っ飛ぶ技であった。


 とまあ、私の武術事始は柔術の稽古からだったわけだが、この頃、夢中になって読み、それから27年がたった今も私の座右の書のひとつとなっているのが、富木謙治著『合気道入門-当身技と関節技の合理的練習法-』(ベースボール・マガジン社)である。この書籍は、植芝盛平翁の高弟で講道館の重鎮でもあった富木氏が指導した、「試合を行う」合気道のための基本テキストとなっている。

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 富木氏は、講道館柔道と植芝流の合気道を、柔道原理(「自然体の理」「柔の理」「崩しの理」)で統合させようとした人であり、これが原因で合気道の本流からは遠ざかったが、その道統はいまも多くの「富木流」の合気道修行者たちに受けつがれているようである。

 当時、主に八光流柔術の稽古に打ち込んでいた私であったが、なにしろ中学生・高校生の感覚では、当流の言うところの「金剛力」や「力を捨てろ」という概念が非常に分かりづらかった。そんなときに、この書籍で富木氏が解説する、「自然体の理」や「柔の理」、「崩しの理」は、たいへん合理的かつ科学的で、ひじょうに理解しやすいものであった。

 また、当身という実技を、「相手の生理学的弱点を攻撃する当身」と、「相手の力学的弱点を攻撃する当身」の2つに分類し、一方向一点の崩しによる「当身による投技」を指摘されていることは、当時の私には実に新鮮な驚きであり、後年、空手道の試合などで投げ技を打つ際にも、この理合がたいへん参考になった。

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 このように、本書は「合気道」というタイトルながら、その内容の半分は、日本柔術における近代的精華の二大潮流である講道館柔道と植芝合気道に共通する、日本柔術の根本原理が実に論理的に、科学的に、しかも簡潔に記されている。そこには、昨今、多用されている、うさんくさい「(合)気」などといった、あいまいでいいかげんな概念はない。こうした点からも本書は、日本固有の体術である柔術の基本原理の解説書として、広く武術・武道人に味読していただきたい名著である。

 また、「間合」や「拍子」、「先」などという、武術に共通の概念も、私はこの本で初めて正しく学んだように思う(これらの武術的概念が、本書では平易に、そして論理的に解説されている)。翠月庵の手裏剣術の体系には、「入身」「起きたるを打つ」「尽きたるを打つ」と、3本の掌剣術の形を盛り込んでいるが、これらの形も、本書が示す日本柔術の土台となる柔道原理が根本となっていることは言うまでもない。

 これほどの名著が、長らく絶版なのはたいへん残念なことであり、復刊の上、より多くの武術・武道人に読まれることを心から望むものである。



 
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