潜竜用いるなかれ/武術・武道
- 2012/08/05(Sun) -
 先日、他流の師範である武友のA氏に、「そちらの道場の、道場訓は何ですか?」と聞かれた。

 ところがうちの稽古場には、特別な道場訓がない。

 なにしろ小ぢんまりとした稽古場で、門下の数も少ないので、あえて「訓」を示す必要もなかろうと思っていたからだ。

 一方で自分自身、31年間に及ぶ武術・武道人生で、斯術にかかわるものとして、心に置く座右の銘はある。

 本ブログでも何度かふれたが、『易』に示されている「潜竜」という教えである。


 潜竜用いるなかれとは、何の謂ぞや。
 子曰く、竜の徳あって隠るるものなり。
 世に易(か)えず、名を成さず、世を遯れて悶(いきどお)るなく、是とせ見(ら)れざれども悶るなし。
 楽しめばこれを行い、憂うればこれを違(さ)る。
 確乎としてそれ抜くべからざるは、潜竜なり。

(潜竜を用いるなかれとは、いかなる意味か? 孔子は言う。竜のごとき徳、聖人の徳がありながら、最下層に隠れている人のことである。世の中の移り変わりによって主義を変えることもなく、世間に名を出そうともしない。世に用いられずに隠遁していても、むしゃくしゃすることはないし、だれにも正しいとされなくても、不平を抱くことがない。世に道あって、社会的活動がこころよく感じられるときは、その道を世に行い、乱世で、わが身が汚される憂いのあるときは、ただちに世間に背を向けて去る。そのようにしっかりとして、その志を奪えないもの、それが潜竜である)


 平時に武芸を嗜むものは、みな本来、「潜竜」であるべきと思う。

(了)
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