終戦の日に想う~夏祭りとクルディスタンの記憶/(身辺雑記)
- 2012/08/15(Wed) -
 本日は終戦の日。

 太平洋戦争において、この国に尊い命を捧げた約230万人の将兵の方々、そして戦争で命を失った約80万人の民間人の皆さんに、深い感謝と哀悼の意を捧げます。



 昭和44年に生まれた私には、当たり前だが戦争の記憶などというものはない。

 しかし、それらしいよすががあったとすれば、それは子供の頃、夏祭りで見た「傷痍軍人さん」の姿である。

 平成の今も昭和の昔も、子供にとって夏のお祭りというのは、1年のうちで最も楽しみなイベントのひとつだ。

 両親に連れられ、夕闇に輝く露店の合間をそぞろ歩きし、花火の音を聞きながらおもちゃやお面、綿飴を買ってもらうのは、まるで夢の国に遊ぶような、心躍る時間であった。

 しかし、そんな子供の心を心底から震え上がらせるのが、神社や寺の参道沿いに軒を連ねる露店から少し離れた薄暗い場所で、白装束に軍帽をかぶり、義手や義足を見せながら、地面にひざまずいてじっと喜捨を請う、「傷痍軍人さん」たちの姿だった。

 たいへん不謹慎で申し訳ないけれど、子供心に彼らの姿は不気味な幽鬼のように見え、私は直視できず、父の着流しの裾にしがみついたものである。

 思えばこうした夏のワンシーンこそ、私の最初の戦争体験であり、それは色とりどりの露店の灯りとは対照的な白装束の「不気味さ」と、禍々しく見える義手や義足への「恐怖」だった。

 なお後年、これら縁日に現れていた「傷痍軍人さん」のなかで、少なくない人々が、実は戦争とはかかわりの無い人々であったという話を聞き、なにか複雑な気持ちになったものである。


 その後、私は青年期に従軍記者になり損ねて、トルコやシリア、イラク国境など中東を無駄にふらふらし、幸か不幸か本当の紛争地で、延べ何ヶ月かを過ごした。

 けれども、そこで感じたのは、例えば「野外で聞く自動小銃の銃声は、かんしゃく玉みたいである」とか、「装甲車は想像以上の猛スピードで、群集に向けて突っ込んでくる」とか、「自動小銃の銃床で小突かれると、相当痛い」とか、「実は銃撃よりも、迫撃砲や地雷の方が、はるかに恐ろしい(らしい)」とか、「2週間も秘密警察に24時間つけ回されると、実際に拘束されたりする以前に、精神的に参ってしまう」など、いずれも即物的な恐怖や痛み、あるいは不安感であり、子供の頃見た「傷痍軍人さん」から受けた、「禍々しい恐怖」のようなものはなかった……。

 いまでも私の戦争体験は、クルディスタンで見たジャンダルマ(国家憲兵軍)による治安作戦よりも、湯ヶ島の夏祭りで見た「傷痍軍人さん」の方が、はるかに象徴的で啓示的なのだ。

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 今年の終戦の日は、67回目だという。

 今晩は、300万人以上の尊い犠牲のもとに、このかけがえない平和があることに、心から感謝したい。

 (了)
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