「給食」というトラウマ/(身辺雑記)
- 2012/09/14(Fri) -
 無冥流・鈴木崩残氏のホームページ、「桜の間」(http://www.mumyouan.com/k/sakuranoma.html)で、給食についての話題がでているのを拝読し、ちょっとPTSD気味である(笑)。

 給食・・・。

 それは、少年時代の私にとっては、イコール地獄、あるいはイコール拷問であった、本気(マジ)で。


 武道人たるもの、食べ物には感謝こそすれ、味のうまいまずいなど、語るべきではない・・・、という意見もあろうし、私もそれに深く同意するのだが、一方で昭和50年代の学校給食のまずさといったら、まさに筆舌に尽くしがたいものであった。

 なにしろ、今、思い出しただけでも、「オエッ」っとなってしまうのである。


 思い起こすに、私の給食嫌いは、幼稚園時代にさかのぼる。

 当時、私の通っていた幼稚園では、給食&脱脂粉乳という、最凶の組み合わせの昼食が供されていた。

 今の若い人は知らないと思うが、脱脂粉乳というのは、とてつもなくまずい。おまけに、ちょっと時間がたつと表面に膜が張るのだが、それがまたメジャーリーグ級に気持ち悪いのである。

 (む~ん、これを書いているだけで、気持ち悪くなってきた・・・)

 おまけに当時、「給食が食べられない」というのは一種の罪悪であり、その日の給食が食べられない子は、食べるまで残されるのである。

 とはいえ、食べられないから食べないわけで、それをどんなに責められても、やっぱり食べられないのである。

 そもそも、無理してたべると、オエッっとなって、戻しちゃうんだから。

 そうなると先生もやっきになり、ついには、脱脂粉乳とパンと、おかずを一皿にぐちゃっと混ぜて(!)、園児たちが恐れていた「物置部屋」に閉じ込められ、「食べるまで、出さないからね!」、などと言われるのである・・・。

 思うに、ただでさえ食べられない給食を、しかも一皿にまとめてぐちゃぐちゃにした、事実上の残●以下のものを、「食べろ」と言われても、当然ながら食べられるわけがない。

 というか、これは今考えると、ある種の児童虐待だよなあと、しみじみ思う・・・。

 そんなこんなで、結局、残●のようになった給食を食べることなどできず、夕方まで物置部屋に閉じ込められることたびたびとなれば、小学校に入る頃には、もう完全無欠な給食嫌いの子供ができあがるわけだ。


 以来、小学校6年間は、給食という苦役をいかに逃れるのかが、私の毎日の生活の戦いとなった。

 残す、隠す、誰かに食べさせる、流しやトイレに流すなどなど、子供なりに全知全能を振り絞って、給食という苦役と戦い続けたのである。

 その後、中学生になって、学校での食事が弁当になり、「ああ、これでもう一生、給食を食べなくて良いのだ!」と、心の底から歓喜したものだ。


 それにしても、当時、給食を作ってくれた方々や、その食材を生産したであろう農家や畜産家の皆さんにはたいへん申し訳ないけれど、あの頃の給食は、本当にまずかった・・・。

 おかげで、給食の象徴である「先割れスプーン」は、今でも私のトラウマであるし、いまだに時々、給食が食べられなくて、自分だけ教室の隅で残される夢を見ることがある。


 とはいえ、食べ物はおいしく感謝していただきたいものである。

(おしまい)


 
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