帰納と演繹の狭間で・・・/(武術・武道)
- 2012/11/09(Fri) -
 過日、兄事する先輩武友と話しをしていたときのこと。

「結局、袈裟斬りの太刀筋というのは、真っ向正面斬りの別形態に過ぎないのだよね」

 との言葉を聞いて、改めて思ったこと。


 介者では正面斬りは無効だとか、左袈裟よりも右袈裟の方が初学者には遣い易いとか、袈裟の角度は45度だとかいや30度だとか、いろいろとあるけれども、結局それらを帰納させれば、日本の剣術の本質は、両手太刀で正しく真っ直ぐ正面を斬ること、これにたどり着くのだなと。

 まあ、いまさら無住心剣流や忠孝真貫流の話ではないけれども(笑)。

無題3
▲古流の剣術でも見られる、打刀による左袈裟の片手打ち。剣の片手打ちは、
スポチャンやフェンシング、二刀を標榜する流儀だけのものではない。
 ちなみに、スポチャンやフェンシングと異なるのは、業の勘所が左の迎え手
にあること。ソフト剣やレピアなどと違って打刀は重たいので、斬り下ろしの
後の処置が肝要なのだ。さもないと、なまくらだったら、地面たたいて帽子が
欠けるヨ……。
 片手打ちは切先が想像以上に伸びるので、非常に実践的な業である。そして
この片手打ちが変化すれば、それは「飛刀術」となる。
 さらに本質的には、こうした片手打ちも結局は両手太刀真っ向正面斬りに帰
納し、そして再び演繹されるのである


 剣術と同様に手裏剣術も、距離や変化打ちや、刀法併用や飛刀術など、いろいろと学ぶべき業はあれども、その極意=術者が到達すべき点は、

 「生死一重の間合からの、渾身の一打」

 これにつきるのであろう。


 物事の核心というのは、結局はシンプルなのだなと、しみじみ思うようになったのは、自分がいささか枯れてきたからなのだろうか・・・(苦笑)。

 (了)
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