佐藤忠良にみる、「軸」の捉え方/(武術・武道)
- 2013/02/26(Tue) -
 武芸における「軸」という概念の重要性は、いまさら言うまでもないが、こと初学者は「軸を意識しろ」とか、「軸が崩れている」などとうるさく言われると、ともすると単純に真っ直ぐ突っ立ってしまいがちだ。

 正中線にしても、体幹左右の軸線にしても、「真っ直ぐにすべし」というのはあくまでも初学のものであり、武技における「軸線」というのは、必ずしも直線だけではなく、必要に応じて曲線もあれば、角度を持って曲がっている場合もある。


 一昨年、逝去した日本を代表する彫刻家・佐藤忠良は、彫刻を造る際、常に人体の軸と大地との接点を念頭に置いていたという。

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▲早蕨(佐藤忠良 作)

 この彫像を見ると、一見、体は左に傾いているが、額-腰-上足底を結ぶ左の軸線は腰の部分を頂点とした緩やかな円弧で結ばれ、顎と踵、あるいは額と上足底を結ぶ安定した鉛直線が見てとれる。

 さて、たとえば座技の抜刀術で、横払いなり逆袈裟で抜き打った後、剣を上段にとって正面斬りや袈裟に斬るとしよう。

 この一連の動きの中で、抜き打ちの後の二撃目の斬りについて、一般的には上半身を鉛直に保ったまま斬ることが多いが、業によっては腰から上体を前傾させて斬ることもある。こうした場合、形而下においては軸線は前傾して傾く、あるいは腰から折れているわけだが、「意図的にコントロールして」斬っている限り、形而上の軸線はしっかりと通っているのだ。

 この際、外形上は傾いている、あるいは曲がっている軸線を、形而上で「まっすぐに通す」ためには、意念と呼吸=心法への理解が必須である。

 中級者には、この点をしっかり指導しておかないと、硬直した軸線の観念から脱することができない。なにより、こうした「コントロールされた崩れ」という概念と実体を理解・習得しておかないと、自由攻防において必須な、「有効な先」を取ることが難しくなる。

 試合や乱捕りを行う武術・武道の場合、こうした「コントロールされた崩れ」は、往々にして試合稽古や乱捕りを何度も繰り返す中で自得し、それを日々の型(形)稽古で修正・消化させるというプロセスを踏む。

 しかし、型(形)稽古や的打ちだけの武術・武道の場合は、この「コントロールされた崩れ」という理合を体得させるのが難しく、結果として外形的なカタチにだけこだわる、頭でっかちの理屈屋を育ててしまうことになりかねないので注意が必要だ。

 一方で、こうした「コントロールされた崩れ」のレベルを体得させる稽古は、初学者ではなく中級者以上を対象に事理一致の指導を行い、必ず型(形)稽古で修正・消化させる過程を踏ませなければならない。そうでないと、単なる「軍鶏の蹴りっこ」になってしまう可能性が高い。


 つまるところ稽古者は、心と体を居着かせず、事理一致を心がけることに尽きるだろう。

(了)

 
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