フランチャイズのラーメン屋的武芸論/(武術・武道)
- 2013/03/08(Fri) -
 ある武芸流派のホームページを見たところ、見知った顔の人が写っていた。

 私は2002~3年頃、その会派に関わっていたことがあった。当時、その会に入門してきたのが、この人である。その頃の印象は、「五十路を迎えて武道を始めるという、どこにでもいるちょっと不器用そうなおじさん」、というものだった。業前も、ごく一般的な初心者だったように思う。


 さて、それからちょうど10年。

 長いといえば長い、短いといえば短い年月である。その人も、さぞかし稽古に励んだのであろう。ホームページに書いてあるその人の今の肩書きは、

 範士・九段、だそうな。

 ・・・・・・。

 江戸の昔から、武芸には「義理許し」とか「金許し」というのがあるが・・・。一般論として、仮に相当天才的な業前があったとしても、稽古暦10年で「範士・九段」というのは、古流武術も含めた日本の伝統的な芸事の常識からいっても、あるいは現代武道の感覚からいっても、さすがにいかがなものかと思う。

 自分なら、いくらなんでも恥ずかしくて名乗れないだろう。
  

 段位・称号というものは、もったいぶって出さなすぎるのもいやらしいし、問題がある。特に初学者にとっては、系統立った稽古体系に基づいた段位は、上達のための動機付けとしての意義が非常に大きい。

 一方で中級者(現代武道で言えば2~4段、古流なら目録程度)になれば、今度は逆に段位にはあまりこだわる必要はないし、正しい指導を受けていればこだわらなくなってくるものである。

 なぜならこのレベルになると、己の業前がどの程度なのか、自分自身で認識できるようになるからだ。逆に言えば、中級者になっても己のレベルを知ることができず、見せかけの段位に執着するようでは未熟だし、そういう人は武芸などやらないほうが良い。

 こうした前提の上で考えると、基本的に段位・称号というものは、乱発するほど家元は儲かるかもしれないが、その価値は下がるものといえよう。

 うまいと評判のラーメン店が、勢いにのってフランチャイズ展開。経営者になった本店の店主は大儲けしているものの、看板を借りて商売をしている店では、不味いラーメンしか出せない・・・みたいなことになる。

 そして、不味いラーメンしか作れない店主は、うまいラーメンの作り方を弟子に教えられるわけがないので、弟子の弟子、そのまた弟子となるごとに、そのチェーン店のラーメンは、ますます不味くなっていくのだ。
 
 自分でラーメンを作るのであれば、うまいラーメンを作りたい。

 そして他人様にラーメンの作り方を教えるのであれば、うまいラーメンが作れるようになってほしいと思う。

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▲マルちゃん正麺は、本当にうまい!

(了)
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