願はくは花の下にて春死なん、そのきさらぎの望月のころ/(身辺雑記)
- 2013/05/21(Tue) -
■2013.5.23 追記

 死後も含めた「この世界の定義」や把握という点で、無冥流・鈴木崩残氏が、ホームページ「桜の間」(http://www.mumyouan.com/k/sakuranoma.html)にて、興味深い論説を加えています。関心のある方は、ご参照ください。


 この領域は、崩残氏の思想・実践活動の本丸ですから、私ごとき流れ武芸者があれこれ論評することでありませんが、


>「宗教」の根幹的な定義を、
>その実在が証明できようが出来まいが、そんなことには関係なく、

>個人が、生きるのがつまらなくなったり、苦痛になって、
>自殺をしないで済むような、
>「自らを納得させられる口実」という、大きな枠で囲うと、
>少し、その本質が理解しやすくなるだろう。

>すなわち「思想」「倫理」もまた、「世界を定義する口実」として
>機能するかぎりは、かなり宗教に「近い」のである。



 という一節は、私も深く同意するところです。

 畢竟、われわれ武術・武道人なるものは、この世界を把握し、飽きずに行きぬくための「自らを納得させられる口実」と「世界を定義する口実」として、“武徳という倫理”を選んだ、あるいは望んでいる種族であるといえるでしょう。

 なお誤解していただきたくないのは、ここでいう“武徳”とは、いわゆる巷でよく言われるステレオタイプで手垢のついた“武士道”なるものとは、まったく違うということです。

 “武士道”に関する話は、以前にも本ブログで少し書きましたが、長くなるので、また別に機会に改めてふれてみましょう。

      *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 朝9時から九段下でインタビュー。

 先月、まだ桜の花びらが舞っていた靖国通りの木々が、すっかり盛夏のような濃い緑を見せているのに驚く。私がどんなに堕落した毎日を、ぼけ~っと過ごしていても、季節は淡々と巡っているのだ。

 家を出る前、寝起きに25年式・改の翠月剣を3本打つ。

 二間座打ちだが、寝起きで頭がまだぼけっとしているにもかかわらず、ひょいと「放る」とサクっと刺さる。いやまったく、実によく刺さる剣だ。



 インタビュー終了後、池袋のリブロで資料探し。結局、探していた書籍はなかったが、代わりに椎名誠の新刊『ぼくがいま、死について思うこと』(新潮社)を買う。

ぼくがいま、死について思うこと


 いまでこそ、しかめつらしく武術・武道人ぶっている私だが、実はその昔は、タクラマカン砂漠やパミール高原、アラスカあたりのバックパッカーの間で“温室育ちの冒険野郎”の異名で呼ばれた、アウトドア系旅人(たびにん)だった時期があり、椎名誠や野田知佑などといった系統の人々の書物をむさぼり読んだ時期があった。

 なかでも、野田さんの『北極海へ』は名著だと思う。これに影響されて、アラスカのユーコン河まで行ってしまったのは、若気のいたりというやつだ・・・。

 その後、あまりこうしたアウトドア系作家の書籍は読まなくなってしまったのだが、なんとなく久々に椎名サンの本が読みたくなって購入。帰りの電車で、一気に読了。

 本書を読んで、死について少し想いをめぐらした。 


 私は、

 限りなく唯物論者に近い不可知論者

 なので、死後の世界も霊魂も、生まれ変わりも、基本的には信じていない。

 「人は死んだら灰になり大地に還る」、ただそれだけだと思う。

 けれども当然ながら、現時点では死後の世界も霊魂も、生まれ変わりも、「在る」とは証明されていないが、「無い」とも証明されていないので、「それらがあったら、いいかもね?」と思うことは無いでもないし、それらを完全否定するつもりも無い。

 また叙情的に考えると、「人は死ぬと、灰になります。以上!」というのは、たしかにちょっと虚しくはある。だからこそヒトという知性をもったサルは、理性ではなく感情として、

 “信仰というフィクション”

 によって虚無という現実に対したい、となる気持ちは分からないでもない。

 自分自身も、死を今以上に自分のこととして切実に感じるようになったら、手のひらを返すように“信仰というフィクション”にすがるかもしれないし、それはまあ、ヒトという心身ともにか弱いサルの宿命として、許してもらえるのではなかろうかと思う。

 ただ、こうした無神論者の死の直前の手のひら返しは、映画『七人の侍』の中で、村人の命を守るために善意で集まった侍たちを、あろうことかシカトしていた農民たちが、野武士の襲撃を告げる警報が鳴らされたとたんに、

 「お侍さま~~~~! お侍さま~~~~!!」

 と擦り寄って、おもねるシーンを彷彿とさせるようで、ちょっと嫌だな・・・。



 「人は40歳を過ぎたら、1日に1度は、自分の死を考えるべきだ」

 というのは、人生の達人・池波師の警句だ。

 そこで、自分はどのように死にたいか? と考えると、一人で稽古をしているか、飲んでいるかしているとき、ばたっと倒れてそのまま静かに逝きたいものだ。自分以外の人がいると、心配をかけるので、一人でひっそりと、がいい。

 こういう死に方は、“孤独死”と呼ばれるのだろうが、個人的には、こうした死に方は、そんなに悪いことだとは思わない(むしろ、こうした死を、「悲しいこと」「寂しいこと」と決め付けてしまう風潮に、なにか現代の硬直した価値観を私は感じるのだけれど、この話は長くなるので、また別の機会に・・・)。

 いやいやまてよ、西行法師よろしく花の盛りに桜の木の下で、飲みつかれて彼女の膝枕でうとうとしながら、そのままご臨終となれば、それはそれで最高だとも思う(笑)。

 いずれにしても、死んだら焼いて、骨は粉にして故郷である伊豆の達磨山から、麓に向かって適当にまいてもらえたら、存外の喜びである。

 やはり人は、死んだら大地に還るべきであろう。

 そして、骨は灰として土に落ち、大地の養分となって草を育み、その草を草食動物が食べ、それらを肉食動物が食べ、それらをさらに人間が食う。そしてその人間は、また死んで骨になり、灰になって大地に還る。

 生々流転。リアル輪廻だ。

 もっとも散骨というのは、それをやってくれる遺族や有志がいればの話であろう。妻も子もない私には、望むべくも無いこと。

 現実的には、地元の市町村の無縁仏用の納骨堂に納められるであろうが、まあ、どうせそのときは、自分はもう死んでこの世にいないのだから、どうでもいいと言えばどうでもいい話である。

「我死なば 焼くな埋むな野に捨てて 痩せたる犬の腹をば肥やせ」
 (壇林皇后/橘嘉智子の辞世、小野小町の作とも言う)

 というところか。


 さて一方で、もし“死後の世界”があるとすれば・・・。

「あの世にも、粋な年増がいるかしら」(三遊亭一朝の辞世)

 と、いう感じかね。

 今世では武術・武道人として清貧かつストイックに生きた分(嘘)、もちょっと艶っぽく、そして粋に、彼岸とやらを楽しんでみたいたいものである。

 天女のお酌で、まずは一献。

 あっ、酒はぬる燗でたのむよ。

 (おしまい)
スポンサーサイト
この記事のURL | 身辺雑記 | ▲ top
| メイン |