芒種雑想/(身辺雑記)
- 2013/06/09(Sun) -
 普段、地上波のテレビはほとんど見ない。

 自宅にいるときには、ケーブルテレビの24時間ニュースチャンネルを流しっぱなしにしていることが多い。その他では、時代劇専門チャンネルか日本映画専門チャンネル、あるいはヒストリーチャンネル。大体、これら4つのチャンネルで、私のテレビ番組のチョイスは完結している。


 ところで最近、地上波では時代劇はほぼ壊滅状態なので、時代劇専門チャンネルで放映される番組も、ちょっと昔のものが多い。

 とはいえ、そもそも「時代劇」というのは根本的に過去を舞台としたフィクションだから、制作年代が古くても、それほど違和感がない。

 ところが、時々ぎょっとしてしまうのは、違和感なく見ていた時代劇について、「よく考えてみると、これ主要キャストはほぼ全員、亡くなっているんだねえ・・・」などと気づくときだ。

 当たり前といえば当たり前だが、すでに死んだ人が、動きまわり、普通に会話している。それが繰り返されている。いや実に、映像とは不思議なものだ。

 これが、ある一定の瞬間を切り取って貼り付けた「写真」であれば、そうでもないが、20年以上も前に死んだ人が、笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだりしている姿は、よく考えてみると奇妙なものである。

 そういう意味では、自分もyoutubeに武芸の動画をアップしたりしているわけで、己が彼岸へ渡った後も、あれらの動画が奇特な人々によって再生され、あるいはコピーされ、ネットの波間に浮き沈みしながら再生産されていくのかと思うと、なんとも妙な気持ちだ。


 というわけで、今日は先日亡くなった名優・三國連太郎の「利休」でも見ながら、昼酒でもしようか・・・。

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▲監督の勅使河原宏は、華道・草月流の家元で
もあるだけに、この作品、作中の茶花とそれに
かかわる演出は、ずば抜けて芸術的だ。好みに
よって賛否は分かれるだろうが、「美」に力点
を置いた演出、私は嫌いではない

(了)
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