名文/(身辺雑記)
- 2013/08/15(Thu) -
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

 われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。 

 (日本国憲法 前文)


 この短い一文は、人類の歴史に残る、稀有の名文だと思う。


 一方で、「斬られると、痛てえぞ・・・」(by桑畑三十郎)、というシンプルな事実を知らない素人ほど暴力を好み、本当の暴力を知らない者ほど暴力を肯定的に捉え、暴力を肯定的に捉える集団は紛争の解決手段として戦争を望む。

 本当の「平和ボケ」とは、こういうことだ。


 厳しい鍛錬を通じて、本当の「暴力」や「闘争」を知り、「命のやり取り」を深く掘り下げていった武術・武道の先人たちは、以下のような箴言を残している。

 曰く、

「剣道はわれも打たれず人打たず、無事に行くこと妙とこそしれ」(一刀正伝無刀流)

「居合とは人に斬られず人斬らず、ただ受けとめて平らかに勝つ」(林崎夢想流)
 
「空手に先手なし」(松濤二十訓<空手二十箇条>)

 
 「終戦の日」の今日、最近声高に聞こえる安直な戦前賛美や憲法改正論議に、ひとりの武術・武道人として大きな違和感・・・、いや危機感を感じる。

(了)
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