山田次郎吉の手裏剣術考(その2)/(手裏剣術)
- 2013/09/25(Wed) -
 直心影流15代・山田次郎吉の手裏剣術稽古について語るに当たり、そもそも山田は手裏剣術についてどのような見方をしていたかというと、

「とっさの間に手っ取り早く、奇襲的な効果をあげるには、これほど良い道具はない」(意訳、以下同)

 とし、

「人の目につかない速度で、手早く一本食らわしてやれば、万事休してしまうのだから、これほど手間のいらない事はない」

 と評価している。


 その上で山田は、手裏剣術の稽古については、

「維新の少し前から、手裏剣を稽古する人は全然いなかったので、独習するより仕方がない。もっとも昔から手裏剣の名人の多くは独習苦心の末、自得したものだ」

 と語る。

 以下、さらに山田の解説を意訳で綴ってみよう。


「稽古では、まず古人の教えにしたがって、はじめは1間くらい、上達するにしたがって2間から3間くらいまでの距離で、木の的に向かって練習をする。

 手裏剣の種類は、昔から個人の好みで各自制作したものだから、特定の形はない。自分たちは小柄のような片刃型で、全長4~5寸くらいものを良く使った。

1307_小柄と各種手裏剣
▲下から翠月剣、小柄小刀、知新流手裏剣、香取神道流手裏剣、明府新影流手裏剣


 打つ際には、的に向かってまっすぐに立ち、右手の親指以外の指を伸ばし、切先を手前に柄の方を的に向けて、中指と小指の腹に剣を乗せ、親指で支える。

 的をみて、右耳のあたりで手を構え、気合をかけて投げつけると、手裏剣は何回も回転して的に刺さる。

 ポイントは、手裏剣を保持する薬指と中指と親指から剣が離れる瞬間の微妙な具合なのだが、これは文章や言葉では現せない。

 百発百中となるまでにはかなりの難しさがあり、そのためには、ひたすら実践によって自得する以外、教える方法はない。

 古来、手裏剣は小柄型や針型などが一般的であり、これらを使いこなす技術が衰退した結果、近代になって十字や六方などの車剣が工夫された。

 車剣は握りこんで当身に使ったり、遠ければ手裏剣として打つのもいい。(以下略)」



 以上の解説で注目したいのは、

1.山田が稽古に用いたのは、12~15cmほどの、小柄型手裏剣であった
2・直打ではなく、反転打・回転打を用いていた

 という2点である。

 特に2点目の、直打ではなく反転打・回転打で稽古をしていたというのは、なんとなく手裏剣の打法のメインが直打となっている現代の手裏剣術者にとっては、いささか意外な印象かもしれない。

 しかし、そもそも世界的に見れば、古今東西の刃物投げでは反転打や回転打が中心であり、直打はむしろ特異的な打ち方であること。さらに日本の武芸においても、ことさら直打がメインというわけではなく、反転打・回転打も多く行われていたことを考えれば、こうした山田の記述も、けして珍しいことではなかろう。


 剣術家・武道史家として、居合・抜刀術に手厳しい批判を加えたことで知られる山田だけに、原文では手裏剣術をけして賛美はしていない。むしろ文脈としては、「王道の剣術に比べれば、しょせんは卑怯な術」というような、マイナスニュアンスが色濃い。

 しかし、武術としての手裏剣術の実用的側面、そして実体験に基づいた習得の困難さを的確に評価・指摘している点で、平成の手裏剣術者の立場から読んでも、好感がもてる論考である。

■出典
『大日本武道練修教範』岡村書店編輯部 編/岡村盛花堂書店(大正7年)

国立国会図書館 近代デジタルライブラリー
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/959118

 (了)
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