稽古の「精度」/(武術・武道)
- 2013/11/11(Mon) -
 ここしばらく打剣にせよ抜刀にせよ、「精度」という点に課題を置いて稽古をしている。

 たとえば、弓術の古い伝書などでは、顔面については五寸的、日月(眼球)については五分的を基準としている。あるいは根岸流の成瀬関次師は、三間半強・八寸的に六割以上の的中で、手裏剣術は「錬士相当、目録」と記している(『臨戦刀術』)。

 このため私も、「板金を打つ心(フルパワーの打剣)で三間半/八寸的/六割的中」を稽古の目安にしているけれど、その日の好調・不調によってばらつきがあり、調子が悪いとなかなか思うようにはいかない。

 的に刺中がまとまるような、いわゆる「置きにいく」打剣は不可とし、あくまでも武芸として「板金を打つ心」とすると、三間半強/八寸的でも難しいものだ・・・。

 そういう意味で基本的にスポーツ全般に興味のない私だが、田中まーくんとか、プロ野球のピッチャーというのは、すごいなあとしみじみ思う。


 同様に、居合・抜刀術の斬りの稽古では、目当てにした任意の位置から誤差一寸を目安に斬れるよう稽古をしているが、これまたその日の好・不調によってばらつきがある。傾向として、どうも「斬ろう」と思った場所よりも、1~2寸上を斬る傾向があるようだ。

 斬りの稽古では、どうしても「斬れるか、斬れないか」に関心が行きがちだが、それよりも「どのように斬れたか、斬れないか」の方が、稽古者には重要であろう。


 我、未だ未熟なり・・・。

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 (了)
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