手裏剣術者の自省~「的は敵なり」/(手裏剣術)
- 2013/12/14(Sat) -
 今年も余すところ、あと半月。早いものである。

 ここしばらく、伊豆や草津、鬼怒川や日光での撮影が続いてたが、おそらく年内の地方取材はもうこれで終了。あとは都内でインタビュー仕事をするくらいで、2013年の仕事は、ひと段落しそうだ。

 とはいえ、「師」も走るという年末のあわただしさの中、年内にあと9人もインタビューをしなければならないので、いささかうんざりもする。ま、仕事ってやつは、忙しがっているうちが華なのかもしらん。



 日ごろからお世話になっている、無冥流・鈴木崩残氏の松の間のページ(http://www.mumyouan.com/k/matunoma.html)に、六間強の間合から直打で蝋燭の火を消すという、絶技の動画がアップされている。

 こうした神業レベルの業前を目の当たりにすると、私ごときの凡俗の輩は、もうため息しか出ないというのが正直なところだ。

 なにしろここ数年、私は五間以内の近~中距離打剣の稽古しかしていないので、そもそも六間間合だと、剣が的に届くかどうかすら定かではない(苦笑)。

 それにしても、youtube、ひいてはインターネットというツールを通して、こうした熟練の先達の見事な「術」を拝見し、それを日々の稽古の糧にできるというのは、なんともありがたいことである。たとえば、ちょっと検索すれば、仕太刀・中山博道、打太刀・高野佐三郎というゴージャスな(笑)大日本帝国剣道形の演武が見られたりするのが、今の世の中なのだ。



 大日本帝国剣道形といえば、長年、どうしても解せない点があった。

 それは小太刀の3本目、打太刀の斬りを、仕太刀が小太刀で「摺り上げて、摺り下ろす」というところである。

 それが過日、中津川での合同稽古で小太刀の稽古をするために、つらつらと剣道形の教範を眺めていたとき、本当にストンと、急激に納得できたのである(笑)。

 市村思えらく、

 この形は仕太刀が下段で入身に攻めるわけで、下段ゆえに、

「(摩り上げながら)拍子を合わせ、(擦り落とすように相手の太刀に)乗る」

 ということなのだなと、納得したのだ。

 打太刀の斬りを「1.擦りあげて 2.擦り落とす」という解説(言葉)だと、二拍子になってしまい、スピードの乗った一拍子の打太刀の斬りに対応できないんでないの? っとず~っと疑問に思っていたのだ。しかし下段の位から「(摩り上げながら)拍子を合わせ、(擦り落とすように相手の太刀に)乗る」という理解であれば、打太刀の斬撃の一拍子に対して、仕太刀の挙動も一拍子で対応可能となるのだね! 

(私の理解が、トンチンカンであったらたいへん申し訳なく思う。なにしろ日本剣道形は、29年前に剣道の審査を受ける前、先輩にちょろちょろっと教わっただけなので・・・)。

 それにしても、この「ストンと、腑に落ちる」という感覚、長年にわたって喉に刺さっていた魚の小骨が、ようやく抜けたような、実に爽快な気分であった(笑)。



 小太刀術については、それほど本格的にやってきたわけではない。併習・参考程度である。

 30年前、柔術の形稽古の受けを取るために小刀の手解きを受けて以来、剣道形の小太刀の形やK流の小太刀術の形をほんの少々学んだ程度だ。

 大刀に対して、間合に不利のある小太刀術は、剣術以上に大胆な身のこなし、拍子の取り様が必須であり、諸流の小太刀の形を見ると、ある意味でその動きはアクロバティックですらある。逆に言えば、アクロバティックなくらい「動けない」と、そもそも間積もりで不利な小太刀で、太刀に勝つことはできないということだ。

 ゆえに小太刀術は、剣術や居合・抜刀術、あるいは柔術などをある程度ものにした者が稽古するのでないと、なかなかに難しい。

 一方で古流の経験が無くとも、たとえば空手道や拳法、合気道などの現代武道の体術に親しんだ人にとっては、小太刀はある意味で「入りやすい」武器術であるだろう。

 特に、伝統派空手道や拳法などで、十分に約束組手や自由組手、試合組手の経験を積んだ者であれば、小太刀の動きを「生きたもの」にすることは、かなり親しみやすいのではなかろうか。

 ただし、そこで注意が必要なのは、バタバタ、どたどたとした稽古をしないことだ。相手と対峙しながら常に、

「間積もり」「拍子」「位取り」を意識し、それらを形而上・下で「業と化す」

 よう強く念頭に置いておかないと、たんなる飛び跳ねながらの当てっこ術になってしまう。

 これは、手裏剣術もしかり。

 単なる的当て、標的競技にすることなく、それをいかに武芸の「術」とするのかを日々考え、念じ、稽古し、伝えていかねばならない。

 まずそのための第一歩は、鳥取藩一貫流弓術言うところの、

 「的は敵なり」

 という箴言を、手裏剣術者が深く自省することだ。

 (了)
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