小さな不具合/(武術・武道)
- 2013/12/16(Mon) -
■本日の稽古備忘録

 ここしばらく、座技で初太刀の逆袈裟の太刀筋がどうもすっきりしない。

 ああでもない、こうでもないと悩んでいたが、ようやく今日、柄にかける「斬り手」が甘くなっていることに気づき、しっかりとした「斬り手」を心がけることで、逆袈裟の刃筋が安定するようになった。

 右の「斬り手」が5ミリ~1センチほど緩んでいたようである。たかが二~三分の誤差だが、それによって斬り上げの刃筋はまったくゆがんでしまう。こういう体の使い方の不具合を調整するには、ゆっくりと正しく抜く形稽古が重要だ。

 それは手裏剣術でも同じ。

 指置き、手離れ、手首の角度、腕の振り、これらがほんのわずか狂うだけで、刺さらなくなってしまうものだ。こうした誤差を正すために、古流の手裏剣術であれば基本の「形」があり、当庵では無冥流の重心理論に基づいた「一本打ち」という稽古方法がある。



 「一本打ち」ではないけれど、今日の稽古の打剣で思ったこと。

 立ち打ちの三間直打の精度を上げるために四~五間の直打があるように、座打では跪座の精度を上げるために正座での稽古が有効だ。

 同じ二間座打でも、跪座と正座では、まったく負荷のかかり具合が異なるので、正座でしっかり打った後の跪座での打剣の精度は、非常に良くなるように思う。



 どのような技芸にしろ、おもてにあらわれる基本の動作は単純なものである。
 だが、ちから充ちて、技が熟すにしたがい、これらの動作の反復をさぐればさぐるほど深さに切りがなくなる。
 矢を放って的を射るという一事に、人間の精神と肉体の高揚が無限に発揮されねばならぬ。
 それを追いもとめることへの情熱は、他のどのような仕業にもあてはまることだといえよう。  (池波正太郎)


  (了)
 
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