15分の稽古/(武術・武道)
- 2014/04/18(Fri) -
 春の演武が終わり、いささか脱力気味である。

 おまけに、相変わらず4月は取材や執筆がてんこ盛りで、終始ばたばたしていることもあり、昨夜は4日ぶりに剣を打ち、居合を抜いた。

 一応、「毎日、15分以上稽古をする」ことを生活ルールにしているのだが、実際は1ヶ月のうち、稽古できるのは平均して20日前後。なかなか毎日というのは難しい。

 この毎日の稽古のツボは、「15分以上」というところにある。

 これが「毎日1時間」とか、「毎日30分」となると、仕事もせずに遺産や家賃収入で生活をしているようなのんきな人間は別として、市井の人として毎日働いている者にとっては、たいへん高いハードルになってしまう。

 ところが「毎日15分以上」となると、「いくら忙しくても、1日の中で15分くらいの時間は作れるだろう」という意識が働くので、稽古を始めるための意識のハードルがぐっと下がる。

 しかも実際に稽古を始めると、最初は15分のつもりが、たいがい打剣だけでも15分いくらい打ってしまい、それからちょっと居合を抜けば、合計して30分や40分にはすぐにたってしまうのである。


 稽古量と上達の関係というのは、単に時間や量の問題ではなく、そこに質やメンタルの問題が絡んでくるので、必ずしも単純に「稽古量が多いほど上達する」とはいえない。とはいえ実際のところ、多くの場合は稽古量と上達の度合いは比例していることが多いのもまた事実である。

 そういう意味で、市井のいち武術・武道人として、日々の生活の中で、どの程度、どのように稽古をしていくのかというのは、いまだに試行錯誤するばかりである。

 ま、そんなふうにああだこうだと考える暇があったら、手裏剣の一本も打てということか(笑)。


「禅で落ち着いてしまっては勝負はできない。武術に禅は不要である。昔、柳生が禅を習ったというが、それは剣技に欠陥のあることを示しているのではないか。武術は武術をやることによって達しうる。他のものはまったく不要である」(大東流・佐川幸義) 

 (了)
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