圧制ヲ変ジテ自由ノ世界ヲ/(身辺雑記)
- 2014/05/03(Sat) -
草の乱034
▲映画『草の乱』。秩父事件を知らずして、近代日本史は語れない


 今から130年前、「貧乏人は死ねばよい」とした時の明治新政府に、一泡吹かせずにおられなかった秩父人、およそ1万人余り。

 「圧制を変じて良政に改め、自由の世界として人民を安楽ならしむべし」

 
 憲法記念日に思うのは、現在の日本国憲法に対して、「アメリカからの押し付け」といった、学習能力の欠如した理屈を振りかざす人々の不勉強さだ。

 かつて、明治政府の弾圧に対して、基本的人権の尊重、国民主権、平等といった、近代民主主義の志を掲げて闘ってきた、自由民権運動の志士たちの思想が、どれだけ戦後の日本国憲法に活かされているのかを、不勉強な人々は知らない。

 五日市憲法草案しかり、植木枝盛の憲法草案しかり、こうした自由民権の志士たちの志と、日本人が積み重ね示してきた具体的な新憲法の草案があったからこそ、あれだけの短期間に、戦後の日本国憲法ができたのである。


 そもそもいつの時代も、勇ましいことを言う年寄りたちは、いざ戦争がはじまっても自分たちは戦場には行かない。

 敵前に着上陸して塩水につかりながら、掩蔽壕の泥をなめながら、誰が敵で誰が味方かすら分からない異国の市街で戦うのは、ジュウク、ハタチの若いヒヨコたちだ。

 おまけに、勇ましいことを言う今の日本の年寄りたちのほとんどは、本当の戦争を知らない。

 本当の戦場を知っている、かつてこの国のために戦ってきた無名の戦士たちは、もうその多くが死んでしまったから・・・。


 至近距離に着弾する小銃弾の音を知っている日本人が、今、何人いるのか?

 時速70kmで突進してくる戦闘装甲車の恐怖を知っている日本人が、今、何人いるのか?

 武装ヘリの20ミリバルカン砲の銃口を向けられたことのある日本人が、今、何人いるのか?

 秘密警察による誘拐、拷問が日常茶飯事の生活を知っている日本人が、今、何人いるのか?


 オレは見た。

 それをシリアやイラン、トルコのクルディスタンで・・・。

ネブロズ1 修正
▲1996年3月、ディヤルバクルにて。自由と独立を求めるクルドの人々は、上空を飛び交う治安軍の武装ヘリに、無言でVサインをかざした(撮影:瀬沼健司)


 昨日まで話をしていた友人が、ある日突然、物言わぬ肉の塊になることの悲しみを知っている日本人は、今どれくらいいるのか?

 権力者に不都合なことを発言した人々が、深夜、秘密警察の一団がドアをノックする音を最後に、家族丸ごと街から消え去るような恐怖の日常を知っている日本人が、今どれくらいいるのか?

 戦場や紛争地では、人の命は、弾丸1発分の価値しかない。

 そして権力や民族主義の熱狂に狂った人々は、容易に無名の人々を抹殺する。


 ひとつ言いたいのは、勇ましいこと言うのであれば、まずは弾の下をくぐってからにしたまえということだ。

 その上で、自ら殺人刀を振るうのか、活人剣を構えるのかを考えるべきである。

 いつの時代も本当の武人とは、戦(いくさ)には慎重なものである。なぜなら、暴力の悲惨さを一番知っているのが武人だから。

 狂った時代には、武人ではなく、普通の人々が暴力に熱狂する。新大久保あたりでヘイトスピーチを叫ぶ、愚かで哀しい差別主義者たちのように。

 さてこの国は、今、どこに向かっているのだろう・・・・。

 
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

 われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。 

 (日本国憲法 前文)


 (了)
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