旧軍兵士は白兵戦が苦手だった!?(書評)
- 2014/05/19(Mon) -
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 日本の旧軍というと、火力不足を精神論で補い、銃剣を使った白兵戦を好んだというイメージがある。ところが実際は、戦場での接近戦を好まないどころか、むしろ米兵との白兵戦には及び腰だった・・・。

 そんな意外な事実を、豊富な米軍側資料に基づいて分かりやすく解説しているのが、『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』 (一ノ瀬 俊也著/講談社現代新書)である。

 特に興味深かったのは銃剣術に関する部分で、日本軍は白兵戦において直突を重視するあまり、訓練でも実戦でも直突きしか行わず、銃剣格闘では直突だけでなく銃床打撃なども有効に使う欧米の兵に圧倒されていたということだ。


 「このことは、日本側の部内報告資料からも裏付けられる。各種歩兵戦技や体操などを教育する陸軍の学校・戸山学校がおそらく1943年に米、英、カナダ兵捕虜と銃剣術の試合をしたところ、不覚にも負けてしまった者がいた。これは日本側の剣術(ママ)が『勇猛果敢一斬突にて直に敵の死命を制』そうとしたのに対し、捕虜たちのそれは『試合中彼我接近するや必ず而(しか)も全員床尾板にて相手を打撃』するものだったからである(大本営陸軍部「戦訓報第六号 米、英、加兵の白兵戦闘に関する観察」1943年9月15日)」同書P42



 上記引用以外にも本書では、「格闘戦では(日本兵は)我々の敵ではない」、「(日本兵は)格闘戦はひどく苦手である」といった米兵の証言が数多く示されている。

 考えてみれば、そもそも今も昔も体格で大きく劣る日本人が、欧米人に対して積極的に白兵(格闘)を挑むということ自体がナンセンスなことである。

 私個人の体験を振り返っても、たとえば空手道の組手試合や地稽古で、アメリカ人やオランダ人などと何度も対戦したことがあるけれど、当たり前のことだが、彼らは体がでかいだけにリーチが長く、懐が深いのでとても戦いにくい。またアタリが強く、タフな打撃戦になっても、なかなか音を上げないのが印象的だった。

 技術的にも、たとえば古流の槍術には「槍は切るもの、刀は突くもの」という教えがあるが、これら日本槍術の正当な末裔たる旧軍の銃剣術が、結果として直突に固執するあまり、実戦では欧米流の銃剣術に遅れをとってしまったというのは、なんとも皮肉なことだ。

 もう1つ興味深いのは、米兵が日本兵の喚声、つまり「声」を恐れていたということだ。元捕虜の米軍軍曹は、日本軍兵士の銃剣術訓練を見た感想を、次のように語っている。

 「彼らの動きはただひとつ、突きである。我々と同じようにたくさんの訓練を積むが、彼らは敵を怯えさせるために大きな叫び声を上げるよう教えられる。(中略)。相手と戦う時には悪魔のような叫び声をあげなければならない。銃剣ではなく叫び声で相手を殺すよう求められているのではないかとさえ思う」同書P43

 こうした欧米人兵士の、日本兵の喚声=声に対する恐怖感については、確か三島由紀夫もエッセイで指摘していたはずだ。

 「武芸における掛声=気合は、実態のあるの技=術である」

 というのは私の持論なのだけれど、こうした戦訓はそれを裏書しているように思える。

 なお蛇足だが、こうした武芸の技=術としての「掛声/気合」は、初心時の有声からはじまり、中級以上からは無声に至るべきであることは、いまさら言うまでもない。


 いずれにしても本書は、いまだに欧米人はもちろん、我々日本人自身にもステレオタイプ的に認識されがちな旧軍兵士像を解体し、現在の日本人とそれほど変わらない、生身の人間としての兵士の姿を浮き彫りにしてくれる日本人論として、とても興味深い良書である。

 (了)
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