脛斬りとローキック/(武術・武道)
- 2009/03/18(Wed) -
 「脛斬り」と柳剛流の話を書こうと思って、改めてつらつら調べてみたのだけれど、この流儀、どこまで精度の高い情報か分からないが(WEB情報の信頼性が低いのは社会の常識!)、柳剛流って、地方にまだいくつか伝承があったり、復元に取り組んでいるところもあるようですな。

機会があれば、ぜひ、演武を拝見してみたいものである。


 ところで、たしかに「脛斬り」は柳剛流の十八番なのだろうが、他流には絶対にない特殊技というわけでもない。

 少なくとも、私が習ったA流(神道流系、復元流儀)にも、B流(新陰流系、師範家流儀)にも、組太刀の型の中に、脛斬りとそれに対する応じ技が含まれていた。

 まあ、考えてみれば、脛を斬るという行為は薙刀や棒術等では普遍的な行為であるし、介者剣術と思えば頭の防御はがら空きでもかまわないので、鎧武者の弱点である足を斬るというのはありなんだろうなと思う。

 素肌剣術という設定では、相打ちで首切られそうで今ひとつだが、ある種の奇襲・奇策にはなるだろう。実際、スポチャンあたりでは、脛打ちが技の主流になっているみたいだしね。

 またその昔、アンカレッジのキャンプ場で英国人青年と木剣で友好的(?)に対戦したときにも、奴は片手剣・半身で大きく踏み込んで脛に斬り付けてくるので閉口したものである。あれは西洋剣術の一般的な技なのだろうか?

 脛斬り対策としては、千葉周作の言うことろの「かかとで尻を蹴る」が有名だが、私が習ったのはA流もB流も、剣先で受けるというものだった。

 A流では大きく巻太刀で剣を時計周りに回し、刃で正面からガキっと受けるというもの。一方でB流は、剣先を足元にスッと差出し鎬で受けるというものである。

 ちなみに私は、こういう脛斬りのような奇策系の技は、嫌いではない。というより、かなり好きだ。

 「兵とは詭道なり。故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓[みだ]し、〔〔卑にしてこれを驕らせ、佚にしてこれを労し、親にしてこれを離す〕〕。其の無備を攻め、その不意に出ず。此れ兵家の勝にして、先きには伝うべからざるなり」

 である。

 ★

 幕末、撓打ち全盛の剣術界で、柳剛流の脛斬りが難技として恐れられたのは、ある意味で、昭和の空手界における「ローキック」とダブるようにも思える。

 足刀による関節蹴りや上足底による膝や脛等への下段蹴りしかなかった中で、膝関節や大腿部を脛を使って回し蹴りで蹴るというムエタイ系の技は、まさに柳剛流の脛斬りなみの脅威であっただろう。

 実は、かく言う私も、高校生時代、フルコン空手をやっている同級生との講堂裏でのステゴロ(笑)で、徹底的にローキックをもらい敗れてしまったことは、四十路になる今も忘れられない、実に悔しい思い出である・・・(今でも時々、夢に見るくらい、くやしい!)。

 当時の私は、柔術を中心に稽古をしていたわけだが、そもそも柔術(BJJではない、念のため)には、ローキックへの応じ技などない、当たり前だが。

 ゆえに当時の私は、中途半端に前かがみになって、腕だけで受けようとするという、最悪の対応をしてしまったわけだ(その後、30歳から空手道の稽古も始めたので、今なら足を上げてカットするなり、左の刻み突きや前蹴りなどを合わせるなりするだろうけども)。

 というように、自流の稽古体系にない技というのは、そもそも対応しようがないわけで、だからこそ、それはある種、軍事学で言うところの「対抗不能性」のある技となる。

 ゆえに武術人たるもの、自流の体系にある技以外にも平素から注意を払い、最低限の対応とその覚悟くらいはもっていなければならないだろうと、フルコン空手のローキックに敗れた、かつての市村少年(16歳)は、あれから24年が過ぎた今も、ココロの底から痛感しているわけである。

 ということで、「奇策・奇襲」そして「対抗不能性」という点では、やっぱり手裏剣術でしょう(笑)。

 (了)
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