恩師の死/(身辺雑記)
- 2009/03/24(Tue) -
 昨日、某SNSの掲示板で、中学校時代の部活の顧問であった、O先生が亡くなったことを知った。

 O先生は音楽の教師で、ブラスバンドの顧問として手腕を発揮され、部員を県大会出場に導くなど、大きな功績を残されたと聞く。

 ところが、私が在籍していた時代は、このS中学校吹奏楽部の最も「ダメダメ」な時代であった。

 なぜそう断言するかといえば、この当時、私自身がその吹奏楽部の部長であったからである。

 あの頃、部長自ら音楽の練習そっちのけで、部活の時間に柔術の型稽古をするとか、他流試合でフリーのど突き合いをするとか、後輩には楽器の練習ではなくもっぱら受身や体力つくりの稽古をさせるなど、ようするに、ろくに吹奏楽の練習をさせなかったおかげで、当然の結果として地区予選で銅賞(ようは予選落ち)という成績しか残せなかったのである・・・。

 けれども、O先生は、怒るでもなく慰めるでもなく、いつもたんたんとされていた。

 生徒と近すぎるでもなく、さりとて遠すぎるでもない、昭和時代の学校にはよくいた、実直で生真面目な”大人の”教師であった。


 結局、私は中学校を卒業後、25年間、O先生にお会いする機会もなかったのだが、ご逝去の知らせを聞いて、あの頃、生真面目に指揮棒を振られていた、O先生の姿を思い出す。



 またひとつ、昭和が終わってゆくのだなと思いつつ、東京の片隅から、O先生のご冥福をお祈り申し上げます。

 ゆっくりと、やすんでください。

 市村翠雨 拝
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