「惻隠の情」を知らない人々/(時評)
- 2015/02/01(Sun) -
 早朝から残念なニュースを聞き、重たい気分である。

 さらには一連の出来事にともない、webなどで被害者やその家族を批判するような言説を目にし、暗澹たる気分になる。


 ひとつ思うのは近年、何か事件が起きると、自らは安穏なところに居ながら、さも正論のように「自己責任」を声高に叫ぶ、一部日本人の醜悪さだ。

 日本人には古来から、たとえ考え方やものの感じ方、行動が異なっていたとしても、そうした相手、特に弱い立場にいる相手を慮って対応する、「惻隠の情」というものがある。

 ゆえに日本の伝統的な情理を理解すれば、ヘイトスピーチやら人種差別やらは、おのずからできなくなるものである。

 ところが近年、右派や保守を「自称」する人々ほど、こうした日本人の伝統的な精神=大和心(やまとごころ)をわきまえず、事が起きれば鬼の首をとったように、無力な弱者を排撃する者が少なくない。

 無力な弱者を害するような行為は、日本人の伝統的な精神ではない。

 そういった卑しい、破廉恥で、自然の情理に反するような行為は、古くから唐心(からごころ)というのである。

 「ネトウヨ」という言葉に象徴される、こうした自称保守といわれるような人々特有の、恥や情けを知らない言動を目や耳にすると、彼らは日本人本来の大和心というものを、まったく理解していない「異人」なのだなと強く感じる。

 理由はどうあれ、無害な弱者を害するような行為(たとえば、海外で人質になっている邦人やその家族の立場を害するような発言をWEB上で得意になって公開する、元独裁者の何番夫人だかの下品なタレントなど)は、日本の伝統的な大和心から見れば、到底ありえない破廉恥な人間なのだ。

 ま、あのおばさんは、日本人じゃないからしょうねえか・・・。

 閑話休題。

 最近の風潮として、日本の伝統的な精神についてまじめに学びもせず、浅はかに「保守」や「右派」を自称する人々ほど、実は日本の伝統的な情理を理解しない唐心に犯された人々であり、本当の日本的伝統や日本的情理、そして日本的美を破壊するのは彼らなのだと、私は強く危惧する。


 草葉の陰で、かつて本物の保守・右派であり、厳しくも常に弱者への優しさを忘れなかった、川内康範先生が泣いているのではなかろうか・・・。

 (了)
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