次の演武へ/(武術・武道)
- 2015/04/14(Tue) -
 翠月庵の年間行事の中でも、最大のイベントである苗木城武術演武会が無事終了し、ややリラックス気分な今日この頃である。

 今回の演武では、演目としてまず最初に四間からの直打を行った。しかも、まず一~二間から打ち始めて調整しつつ最大四間で打つという形ではなく、しょっぱなから、いきなり四間で打つ! というのが最大のチャレンジでありキモであった。

 この点で、私は最初の一打目を失中してしまったのはなんとも未熟であり、今後の大きな課題である。また普段の稽古では、調子が良いとこの間合いで八寸的に集剣できるのだが、演武では刺中が尺的以上に散らばってしまったのも次の課題となった。

 一方で、演武の最後は例年通り、刀法併用手裏剣術を行った。これについては、居合抜刀術を本義とする戸山流美濃羽会中津川稽古会の皆さんの前で、恥ずかしくない抜刀術と打剣の組み合わせを披露できるか、また演武最初の四間直打とは対照的に、二間からというまさに「生死一重の至近の間合からの渾身の一打」をいかに体現できるかがカギとなった。

 私は翠月庵制定の刀法併用手裏剣術の形の中から、「先」という形を選んで行った。これは江戸期手裏剣術の名流である知新流に伝えられた刀法併用の形を基にしたものである。

 翠月庵の刀法併用手裏剣術形を制定した当初から考えていることなのだが、この形(業)こそが刀法併用手裏剣術の入門であり極意となる、究極の姿ではないだろうか。

 刀法併用手裏剣術の全ての要素と理合(運足、操刀、間積り、拍子、位)が、この二間間合から一歩踏み込んで打剣、抜刀、正面斬りというシンプルな形に内包されていると考えられる。

 私の考える「武術としての手裏剣術」は、この形一手で完成形であり、このシンプルな形(業)をどのように深めていくかに尽きる。誤解を恐れずに言えば、その他の形は手裏剣術基本形も、手裏剣術運用形も、刀法併用手裏剣術のその他の形も、すべてここに至るための鍛錬形であり、あるいは応用変化なのだ。

 もっとも、こうした「武術としての手裏剣術」や「刀法併用手裏剣術」についての思索は、いま少し検討の余地があり、研究・考察を、さらに進めているところだ。

 武術の稽古体系には、応用変化の多様な状況を考慮して手数や形の数が多いことをより良しとする方法論と、千変万化の状況や業を演繹的に整理して手数や形の数を最小限に整理することを良しとする考え方の2つがあり、私個人としては後者の考え方に、武術としてのひとつの理想を感じている。

 いずれにしても今回の演武では、この「先」の形の演武について、気剣体が一致した、まずまずの形を披露することができたのではないかと思う。


 さて次は来月、翠月庵としてではなく、私個人が門下の一員として参加する演武がある。ここではおそらく、柳剛流剣術の形を行うことになるであろう。また6月には、翠月庵の夏季合宿も控えている。

 手裏剣術にせよ、剣術にせよ、演武は現代の武術人にとって「真剣勝負」の場だ。

 まずは気持ちを切り替えて、来月の演武当日に心技体がピークになるよう、調整そして集中していかなければならない。


               「打つ人も打たるる人も打太刀も
                心なとめす無念無心そ」 (柳剛流剣術免許巻 道歌)



 (了)
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