姿勢と礼法/(武術・武道)
- 2015/05/12(Tue) -
 先日、取材で整形外科医と話しをしている際に聞いて驚いたのだが、最近、しゃがめない子供がいるそうな。

 しゃがめない・・・。

 ?????

 すんません、ちょっと理解不能である。


 よっく話しを聞いてみると、足首や股関節が硬くてしゃがめず、無理にしゃがもうとすると、後ろに転んでしまうのだそうな。そして、こういう子供たちは蹲踞の姿勢をとることもできず、正座もできないことが少なくないという。

 む~ん、怖ろしいことだ。

 しかし逆に言うと、関節が硬いというのが理由だけに、成人して骨が硬くなる前に、しゃがむ稽古、蹲踞する稽古、正座する稽古をすればできるようになる、ということでもあるらしい。

 そういう意味で、幼少の頃から武術・武道に親しむのは良いことだと思う。


 ときどき勘違いしている人がいるが、日本の伝統武術は単なる格闘術や戦闘術、あるいは底の浅い殺人術などではない。

 それは、伝統的かつ総合的な日本固有の身体文化の体系であり、行動科学である。

 ゆえに、捏造や創作ではない伝統武術には、武技の稽古以前に必ずそれぞれに固有の礼法があり、そこで正座や跪坐、折敷、安座、蹲踞、居合腰など、さまざまな座り方や姿勢を学ぶことになる。

 礼法の教育がない武芸というのはありえないわけで、そこがいわゆる格闘技との大きな違いであろう。

柳剛流礼法1_IMG_0896
▲仙台藩伝柳剛流の礼法。形の前に必ず股立をとる


 また武芸で学ぶ姿勢・礼法には、無駄のない「用の美」がある。

 それは、武芸と並ぶもうひとつの日本文化の精華である茶道の礼法とは、また一味違った厳しく自律的なものだ。

 たとえば居合の形を行ずる際、各流派ごとの刀礼が必ず行われるが、そういった所作の品格で、ある程度その人の業前まで推察できるのはご存知の通りだ。

柳剛流居合刀礼_IMG_0913
▲仙台藩伝柳剛流の刀礼。ま、アタシはこの程度のレベルです・・・


 そして、鍛えられた「位」のある礼法は、武人同士の間では実体を持った「術」となる。

 この辺りの感覚は、分からない人にはまったく理解できないだろうが、武術に親しんだ人であれば容易に感得できるであろう。

柳剛流礼法2_IMG_0897
▲師の見事な姿勢に比べ、私の姿勢の未熟なこと・・・。すでに完全に、「位詰め」されています


 礼は異を分かつ。

 味わい深い箴言である。

 (了)
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