今後の柳剛流調査・研究の手控え/(柳剛流)
- 2015/06/11(Thu) -
 今後の柳剛流調査・研究の課題について、手控えとしてまとめておく。

■共通事項
・流儀の稽古で使われていた木太刀について(形状・重量・寸法)。
→深井派(埼玉)の木太刀は調査済み。岡安派(埼玉)の木太刀については、同派剣三世・岡安尚(1908-1979)に伝承があったほか、村の青年団に寄贈されているとのこと(『幸手剣術古武道史』より)。他の地域(埼玉・宮城・三重等)での所在や有無についても要調査。
・突杖について
→龍野藩伝の柳剛流杖術(突杖)が、無外流居合兵道の中川士龍師~塩川寶祥師によって各地に伝播されているが、その普及の経緯及び仙台藩伝の突杖との相違等について。
→『幸手剣術古武道史』では、柳剛流の突杖は、「三尺の棒術」(同書P103)とあるが、その情報の出典と根拠について。ex.深井派剣三世の深井源次郎は、常に三尺ほどの木太刀を杖代わりにして肌身離さず、眠るときにも木太刀を布団の下に忍ばせるなど手放すことがなかったというが、この「三尺ほどの木太刀」は「三尺の棒術」という突杖の代わりなのか?
・居合について
→仙台藩伝以外の居合の伝承とその有無について。
ex埼玉県与野市、上尾市にて、昭和後期まで伝承があったとの情報あり。
・長刀について
→仙台藩伝以外の長刀の伝承とその有無について。
・柳剛流の読み方/呼び方について
→「りゅうごうりゅう」か「りゅうこうりゅう」か? ex.石川家文章、岡田十内派師範家の口承、山本邦夫教授の記述、仙台藩伝を学ばれた小佐野先生の証言等では、いずれも「りゅうこうりゅう」であったとのこと。その他の師範家や伝系では、どのように読んで/呼んでいたか? 両者が混在してた可能性もありか?

■埼玉県
●幸手市剣道連盟伝関連
・幸手市剣道連盟伝柳剛流について。どの系統の形を復元したものなのか

→岡安派の形の復元? あるいは仙台藩伝系統か?
・現在、復元・稽古されている形はどのようなものか。仙台藩伝との相違等。
→ex.仙台藩伝その他、主な系統では共通している切紙で学ぶ剣術形「右剣」「左剣」の名称が、幸手剣道連盟伝では「右頸」「左頸」となっている。剣術形以外の復元もしているのか、など。
・伝書や武具(木太刀)など、伝来品や資料の有無。
→特に木太刀の所在。
・現状でどの程度の規模(人数や頻度)で稽古をしているのか?
・形(実技)の見学。

●その他
・諏訪家文書(北本市)の確認

→口伝の技法を絵図と文章で解説した「柳剛流虎之巻」「柳剛流奥之巻」が、諏訪家に残されているとのこと。
・流祖の墓参(幸手市)。
・岡田十内、差料の実見(戸田市郷土博物館)。


■宮城県
・仙南(角田周辺)、仙北(登米市周辺)、石巻での伝承とその現状について。
・ごく最近まで伝承者がいたとされる、「柳剛流柔術」について。


■三重県
・松坂市での伝承とその現状について。


 遠からず、角田や松坂での現地調査にも取り組みたいが、まずは地元・埼玉周辺での調査・研究を地道に進めていくつもりである。

1506_左剣
▲仙台藩伝柳剛流剣術 「右剣」(打太刀・小佐野淳師、仕太刀・瀬沼健司)

 (了)
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