「生死一重の至近の間合からの渾身の一打」をめざして/(手裏剣術)
- 2015/06/13(Sat) -
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 実は今月はじめに左膝を痛めてしまい、しばらく本格的な稽古を休んでいたのだが、本日は久々に稽古場にて、のびのびと剣を打つ。

 やはり、手裏剣術の稽古は爽快だ。

 一打必倒の気概を込めた渾身の一打が、ドン! と的に刺さる感覚の心地よさは、手裏剣術者だけが味わうことのできるものである。


 今日の稽古では、3~4間間合を中心に、順体順歩を基盤とした打剣にじっくりと取り組んだ。

 歩み足や送り足での順体の打剣、また送り足や歩み足での逆体の打剣でも、私にとっては形而上の打法の基盤は順歩順体にあるということを、ここ数年とみに実感している。

 こうした感覚は、手裏剣だけしか知らない人には、どうしても本質的・直感的に理解できないのだろうが、逆に言えばごく初歩的なレベルでも剣術や居合・抜刀術、あるいは柔術など、日本の伝統的な武術の素養がある者であれば、容易に体感できることだ。

 思うに現在、江戸後期に成立した古流にせよ明治以降に成立した現代流派にせよ、国内の手裏剣術流派の打剣の主流は逆体となっているが、それは伝統的な日本武術の技術体系とその身体動作の範疇では、極めて特異的なものなのではなかろうか。

 これは、いままで8年間(翠月庵の前身の時代も合わせると、もう10年か・・・)、稽古会や出張講習会などでの指導も含め延べ人数で大雑把にカウントすると100人くらいに手裏剣術を手ほどきしてきた上での感覚なのだけれど、居合・抜刀術や剣術、合気道など純日本的な武術の素養のある人ほど順体での打剣に親和性が高く、一方で武術や武道の未経験者ほど逆体での打剣に親和性が高かったことからも、強く感じられるものだ。

 ちなみに同じ体術系でも、空手道や現代武道の拳法に習熟した人などは、順体よりも逆体への親和性が高いというのは、また意味深長である。

 今後は、こうした順歩順体を形而上の基盤にした打剣について、もう少し明確に翠月庵の手裏剣術の教習体系に位置づけていければと考えている。

 おそらくそれにより、手裏剣術の範疇としての刀法併用手裏剣術や飛刀術の質的向上はもちろん、剣術や居合・抜刀術との併用という点でも、「より質の高い手裏剣術」への階梯が開けるのではないかと考えている。


 「生死一重の至近の間合からの渾身の一打」

 という、私の理想の手裏剣術への道は、まだ遥か遠い。

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 (了)
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