柳剛流研究・覚書(1)/(柳剛流)
- 2015/06/19(Fri) -
 最近出版された、『日本武術・武道大辞典』(加来耕三編/勉誠出版)のチラシを見たが、神道無念流や北辰一刀流、甲源一刀流や天然理心流など、同時代に武州で興隆した剣術諸流はそれぞれ記載されているが、なんと我が柳剛流については掲載されていないというのは、む~ん、いかがなものか・・・・・・。
 

 さて、柳剛流の調査・研究について、これまで本ブログで疑問点として挙げていたいくつかの点について、稽古の折に師からご教授をいただいたほか、本ブログを読んでくださった各方面の皆さんからメールなどでご指摘やご助言をいただくことができ、新たにいくつか判明したことがあるので、取り急ぎここに摘録として書き留めておく。


・『剣道日本 続剣脈風土記 陸前柳剛流』の記事について
Q.この記事では、形について「勢法」と表記されている。これは、筆者(記者)が武術の形を示す一般的な名詞として「勢法」という言葉を使っているのか、あるいは柳剛流が固有名詞として形を「勢法」と呼んでいたのかが、記事として非常に曖昧である。
A.仙台藩角田伝柳剛流では、形について「勢法」という呼び方はしていない。この記者が武術の形を示す一般的な言葉として、「勢法」という言葉を使っているのだろう(小佐野淳先生談)。

・突杖について
Q.『幸手剣術古武道史』では、柳剛流の突杖は、「三尺の棒術」(同書P103)とあるが、その情報の出典と根拠について。
A.仙台藩角田伝柳剛流の突杖では、いわゆる「三尺棒(半棒)」を杖として用いる。ただし実際には、形の運用上その寸法は三尺以上の長さが必要である(小佐野淳先生談)。

・柳剛流の読み方/呼び方について
Q.「りゅうごうりゅう」か「りゅうこうりゅう」か?
A.三重に伝わった紀州藩田丸伝柳剛流でも、「こ」の部分はにごらずに、「りゅうこうりゅう」と読んで/呼んでいたとのこと(田丸伝について詳しいS様より、メールでご教授いただきました)。
 これにより、石川家文章、岡田十内派師範家の口承、山本邦夫教授の記述、仙台藩角田伝を学ばれた小佐野先生のお話に加え、紀州藩田丸伝でも、やはり「りゅうこうりゅう」であったとのことが明らかになった。

 (了)
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