柳剛流の殺活術について(前編)/(柳剛流)
- 2015/07/01(Wed) -
※1)2015.7.1.23:30、柳剛流の殺活に関する伝承について、本文を一部加筆・訂正しました。
※2)2015.7.2.20:30、さらに本文を一部修正しました。




 現在、日本国内で伝承されている柳剛流とその師範方は、現時点で私が知る限り以下の通りである。

1)国際水月塾武術協会(山梨県)/小佐野淳先生、山根章先生/仙台藩角田伝/剣術・居合・突杖・長刀を伝承。
2)幸手市剣道連盟(埼玉県)/岡安源一先生、千葉仁先生、持田征男先生/仙台藩伝及び岡安派伝/剣術を伝承。
3)養心館道場(三重県)/三村幸夫先生/紀州藩田丸伝/剣術・居合を伝承。
※突杖については、龍野藩伝の系統が「柳剛流杖術」として、無外流居合兵道・中川士龍師~塩川寶祥師の系統のいくつかの会派で継承されている(長野県、山口県など)


 柳剛流は剣術・居合・突杖・長刀に加え、柔術や殺活術も含む総合武術であるが、私の知る限り残念ながら柔術の技法についてはそのほとんどが失伝してしまった可能性が高いと思われる。

 以前、宮城県古武道協会のホームページに、「柳剛流柔術」の記載があったのだが、同協会の新しいホームページではその記載は削除されていた。この柳剛流柔術について、現在も継承されている方が宮城にいらっしゃればよいのだが、いまのところその有無等は不明である。詳細についてご存知の方がいらっしゃれば、ぜひ情報提供をいただきたところです。


 一方で殺活術に関連しては、小佐野淳先生が伝承・指導されている仙台藩角田伝に、剣術伝として「活之伝」が継承されている。これは、「往時の剣術稽古では投げや組討があり、倒れることは日常であったため、気絶が絶えなかったからである。柔術伝ではないので殺はない。剣術の殺は斬ることであるから」(小佐野先生談)、とのことからである。その他にも、仙台藩角田伝として、組討口伝等多くの口伝が継承されている。


 それにしても、仮に柳剛流の柔術技法が失伝してしまったとすれば、我々、流儀を学ぶものは、残された伝書からそのよすがを偲ぶしかない。技芸の伝承というものは、一度失われてしまうと取り返しがつかないということを、しみじみ感じる。

 過日、幸手市剣道連盟の柳剛流稽古会を訪問した際にいただいた、『一條家系探訪 柳剛流剣術』(一條昭雄 編著/平成8年)という資料には、仙台藩伝柳剛流の伝書類がいくつか掲載されており、柳剛流の柔術や殺活術に関しても2つの伝書が掲載されている。

 たとえば安政3(1856)年に、澤田常治が戸田良助に出した「柳剛流柔術」の切紙目録には、

  居取目録
打込 胸取 胸攻鉢返
胸取打込相胸取襟攻捌
  取乎目録
胸取左右  両胸取
胸攻     向攻
両乎訴    束乎
打込      鉢返
頭取      折込
逆取      鎧取
行違      羽攻


と、形の名称が示されている。

 ある程度古流柔術の素養がある者であれば、これらの形の名称から、なんとなくの取り口くらいは想像がつくが、それはあくまでも想像にすぎない。

 胸取ひとつとっても、柔術の業(形)は諸流に無限にあるわけで、柳剛流柔術の「胸取」がどんなものであったかは、いまや神のみぞ知るものとなってしまったわけだ。

 実に残念なことである。

 一方で『一條家系探訪 柳剛流剣術』には、文久2(1862)年に仙台藩角田伝三代目の斉藤数江(主計清常)から氏家丈吉に出された「柳剛流殺活免許巻」が掲載され、そこには殺活の部位の名称と位置の図示がある。

 柔術の形と異なり、殺活については殺点の名称と位置が分かれば、他派・他流の殺活や当身に関する伝書・文献とつき合わせることで、伝書のみでもその術の“ざっくりとした概要”は知ることができる。

 本ブログでは以前、『柳剛流の体術における殺法』(http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-686.html)と題して、埼玉県の岡安派柳剛流に伝えられた殺法について少し紹介したが、それも踏まえつつ、この「柳剛流殺活免許巻」について、次回、紹介しようと思う。

 (つづく)
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