エア手裏剣よか、ましだろうがね・・・/(手裏剣術)
- 2009/04/11(Sat) -
 先日、とある武術・武道経験のない友人との会話。

 「あんた、動画で手裏剣投げた後さ、ビデオカメラをがらがら引っ張っていくの、あれ、なんで弟子にやってもらわねえの?」
 「弟子とかいねえしな。うちは会員制の研習会なんだよ。弟子じゃあなくて、会員さんなの」
 「先生と、呼ばれるほどの馬鹿じゃなしってか」
 「いや、ちょと意味違うんじゃねえの・・・」


 「ところで、手裏剣って戦うとき、投げようとする時とか、相手に一気に突っ込まれたりしねえの?」
 「う~ん、どうだろうねえ・・・。まずは自分の立場で考えてみなよ。重さ120グラム、長さ20センチ前後で、先端をびんびんに尖らせた鉄の棒を、自分の顔面や首や胴体に投げつけようとする、闘志満々の相手に向かって、あんたは安易に近づきたいかね?」
 「近づきたくないねえ」
 「だろ。まずはそういう心理的ブレーキがかかるわけ。そういう意味で、そうそう簡単には突っ込まれないんじゃねえの」
 「ただ、あんたの動画とか見てると、手裏剣投げてるのって、結構モーションとか大きいよな。あれだと、動きを読まれて近づかれたりしないのか?」
 「さすが元野球少年、目の付け所が違うね」
 「あんたはほんとに、野球は下手だったよな。キャッチボールすら”女の子投げ”だったぞ。それがいまじゃあ、手裏剣の先生かよ」
 「まあ、そんな20世紀の話はどうでもいいじゃねえか・・・。でだ、たとえばあんまりありえる状況じゃないが、格闘技みたいな対戦の状況で考えてみれ。あんたの言うとおり手裏剣を打つモーションって、結構大きいんだよ。まあ、それをできるだけ小さくするとか、そのための変化打ちとかいろいろあるわけだけど、いずれにしてもモーションというのは完全に消せない」
 「だよな」
 「ところがさ、ここで武術・武道と野球やテニスが決定的に違うのは、攻撃権が固定されてないってことなんだよ。例えばテニスではサーブ権が決まってるよな。だからサーブ権がある側の選手がサーブすることが大前提で、相手の選手はサーブされるのを待つ。コートの中の2人が、同時にサーブはしないわな」
 「そりゃあ、そうだ」
 「野球でも、ピッチャーがまずボールを投げる。それをバッターが打つ。つまりまずバッターは、ピッチャーがボールを投げるまでは、100パーセント受身だ。ところが武術とか武道は、仮に1対1の戦いとして、お互いがいつでも自由に攻撃ができる。つまりサーブ権が両方に同時に存在しているわけよ」
 「なるほどね。ジョーのクロスカウンターだな」
 「お前、古いな・・・。そんでもって、お互いが同時に攻撃する権利をもっていることから、重要になるのが、”拍子”ってやつだ。まあ、タイミングとかリズムって言い替えてもいい。決闘のようにお互いが向かい合って、戦っているとする。まあAさんは手裏剣使い、Bくんは剣術家としようか。このときAは、なにも闇雲に手裏剣を投げるわけではないわけ。なにしろサーブ権は、相手にもあるんだからさ。そこで先をとる、まあ先制攻撃な、にしても後の先、これはカウンターね、にしても、Aはいつ相手のBが斬りかかってくるか分からない状況の中で、手裏剣を相手に確実に刺す、あるいは当てるタイミングをはかるわけ。一方で、Bの剣術家も、いつどのタイミングで手裏剣を投げてくるか分からない相手を、どうやってぶった斬るかを考えているから、いろんな拍子=タイミングをはかっている。つまり、はたから見ていたら、おたがいにらみ合ってじっとしているだけかもしれないけれども、そこでは同時にサーブ権を持つ2人の間で、実に激しい形而上の戦いが行われているわけよ」
 「時代劇でよくある、にらみ合って動かないってやつね」
 「まあ、別に動き回っていてもいいんだがね。ボクシングでも、お互いにフットワークでリズムをとりながらにらみ合いが続くし、伝統派空手の試合組手も同じ。ただこれが剣術とか手裏剣術なんかになると、なにしろ刀も手裏剣も素手の殴り合いより使う道具自体の殺傷力が大きいから、当然互いが慎重になるし、隙も見せたくない。負けたら最低でも重傷、結構な確立で死ぬわけだしね、想定としては。そういう場では、互いに不用意に”動けない”ってことなんだろうな。だからまあ、モーションはそりゃあ小さければ小さいにこしたことはないけれども、モーションが大きいからとか、スピードが遅いからとかいった現象だけで、簡単に間合が詰められたり避けられるとかいう、単純な問題じゃあないわけ。一方で逆に、こういう理屈が自己分析できてない手裏剣遣いに限って、『オレの打つ手裏剣は絶対に相手には避けられない!』とかいう、妄想にはまるわけよ…。こういう妄想くんは、的は攻撃してこないが人間は攻撃してくるっていうシンプルな事実を忘れてるんだな。普段から、的しか相手にしてねえから。的には、足も脳みそもついてねえんだよ」


 「ふ~ん。じゃあ、そういう対戦でのリズムやタイミングのとり方ってのは、どういう練習で覚えんのよ?」
 「それが手裏剣術という武術の課題なんだよ。こればっかりは、的に手裏剣投げているだけでは、10年たっても20年たっても学べないし覚えられない。的打ちだけでは、絶対無理と断言していい」
 「お、大きく出たな。でも昔の手裏剣の達人とか、実際に戦って勝ったりしてるんじゃねえの」
 「昔の手裏剣術家は、手裏剣だけじゃないからな。手裏剣の稽古以前に、剣術なり居合なり槍術なり柔術なり、他の武術で対戦の稽古をみっちりしている人たちだからね。そっちの稽古で、十分に拍子や位を学んでいたのさ」
 「まあ、昔はいろんな芸事する時間もたっぷりあんたんだろうしな」
 「だから現代の手裏剣術者で、手裏剣しか稽古していない人ってのは、こういう拍子の感覚が皆無なわけよ。なにしろ的打ちしかしてないところがほとんどだろうし。これはまあ、一部の居合とか抜刀術も同じなんだが・・・。ようは一人稽古だけの武術・武道は、こういう拍子とか位とかいった、人と人との間の戦術や戦略を学ぶことができないのが、最大の難点なんだよ。むしろ対戦型のスポーツをやっている人の方が、よっぽど拍子や位といった武術的概念が理解できるはずだ」
 「で、あんたのところはどうしてんのさ」
 「うちではまあ、模擬手裏剣を使った地稽古を導入してるがね。あ、地稽古ってのは、格闘技でいうところのスパーリングな。いずれにしても現状では、うちには弟子はいないし(笑)、会員さんもまだ初学段階の人が中心だから、実際のところ、なかなかそういう稽古はできないね。まずは的に刺さるようにするのが先決だし。それに的打ちだけでいいとか、対戦のような稽古はしたくないという人に、無理強いしてもしょうがねえしな。ただ必ず、初めて入会する人で他の武術や武道の経験がない人には、模擬手裏剣で簡単に対戦することを1度、体験してもらってるよ」
 「なんかこう手裏剣のスパーリングっていうと、イメージ的には雪合戦みたいになりそうだな。大勢でやると(笑)」
 「雪合戦かよ・・・。 まあ、確かに・・・。いずれにしても、こういう模擬手裏剣での地稽古みたいなのは、武術としての手裏剣術を考えれば非常に重要でありながら、今の日本の手裏剣術界ではもっとも不足・欠落している稽古なんだよ。しかし一方でこういう練習ってのは、安易にやると、その行為自体、つまり模擬手裏剣の当てっこそのものが目的になっちまうわけ。だから、たとえば本来は剣術や居合の稽古のひとつに過ぎなかった試斬が、一部の流儀や会派では結果的に藁束を斬ることそのものが目的になっていたりするわけよ。まあ、よくいるモノ斬りサムライな(笑)。一方で、芯も入っていない、ただの藁束のひとつも斬れない剣術家や居合の先生も割合いて、それはそれで問題なんだがね(笑)」
 「それはエアギターならぬ、エア剣術、エア居合ってか」
 「だから的打ちの稽古しかやらない手裏剣術ってのは、ある意味、据物しか斬れない剣術家や居合遣いと同じなんだよ」
 「けど、エア手裏剣よかましなんじゃねえの?」
 「う~ん、まあ、そうとも言えるか(笑)。いずれにしても、どちらかだけでは、武術としては片手落ちってことさ」

 (了)
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