柳剛流の殺活術について(後編)/(柳剛流)
- 2015/07/05(Sun) -
 『一條家系探訪 柳剛流剣術』に掲載されている、文久2(1862)年に氏家丈吉に出された仙台藩伝の「柳剛流殺活免許巻」は、以下の通りである。


   柳剛流殺活免許巻
 夫れ剣柔は身を修めて正すを以て
 本となす心正しくば則ち視る物明らか也
 或いは此術を以って輙ち闘争に及ぶ
 者有り此吾党の深く戒むる所也
 欲を抑え当流を脩むる者 先ず
 心を正すを以て要と為すべし 仮令稽古
 試合の如きも亦戦場に向かうが如くして
 必ず 忽せにすべからず 足下当流
 執心に因り精力を励まし怠慢無きを以って
 粗剣柔の旨趣を知るに似たり因って
 今復殺活伝授せしむ
 親子兄弟為りと雖も猥りに
 相伝有るべからざる者也 則ち殺活
 免許の巻左の如し
   松風  村雨  水月
   明星  面山  二星
   骨当  玉運  剛耳
   天道  稲妻  右脇
   心中  雁下  虎走
   玉水  高風市 虎一点
   活法大事
   見様大事
   腹活
   救卒死而目閉者術
   救溺死術
   子々孫々に至るも疎略有れば
   魔利支尊神の罰を蒙るべき者也
   依って件の如し

      元祖
          岡田惣右衛門尉
                源奇良
       三代     斉藤数江   以下略
 文久壬戊秋七月
      氏家丈吉殿


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▲「柳剛流殺活免許巻」に示された殺・当の図解


 さて、この伝書に記載されている殺点を名称と伝書にある図を元に、天神真楊流を中心とした他流の急所と比較しつつ確認してみよう。

 まず「松風」と「村雨」だが、天神真楊流では「松風」「村雨」と言えば咽喉の両脇の殺をさすが、ここでは両乳の部分で左を「松風」、右を「村雨」としている。天神真楊流で言うところの「雁下」にあたると思われる。

 「水月」については、柳剛流も天神真楊流も同じく、腹部の上胸部の下であろう。「此は柔術形に於いては尤必要也」と『柔術生理書』で井ノ口松之助が書いている通り、水月の殺は日本柔術の当身で最も重要な部位であるだけに、その部位に当流の殺も天神真楊流の殺も違いがないであろうというのはたいへん興味深い。

 次の「明星」についても、両流ともに臍の下(一寸あたり)と差異はない。

 「面山」という殺については、『柳剛流殺活免許巻』の図に記載はなく単に「面」となっており、おそらくこれが「面山」であると思われる。部位としては両眉と両眼の中心辺りであり、天神真楊流で言うところの「鳥兎」の殺にあたる。

 「二星」については、当流では両目の下、小鼻の横あたりの部位が示されている。天神真楊流系ではこの部分の殺や当は示されていないようだが、たとえば荒木真流の当身急所図にはこの部位が示されている。あるいは柔術の当身の影響を強く受けていると指摘されている、松涛館空手道・船越義珍師著の『空手道教範』の急所図では、この部位を「晴曇」として示している。
 個人的な体験から言うとこの部位については、幼少の頃に八光流柔術の石津謙二先生から、「相手が我の手首を取った際、これを引き抜いて後、手刀にて頬骨の下に当てる」とご指導いただいた記憶がある。ただしこれについては、私は八光流柔術は四段技までしか学ばなかったので、この当身が同流の定型としての当身なのか、石津先生独自の工夫の伝なのかつまびらかではない。

 次に「骨当」という殺が示されているが、これを天神真楊流の急所とつき合わせると、「肢中(秘中)」の殺に当たると思われる。

 「玉運」は、顎の先端が図示されていることから、いわゆる「下昆」と同一部位ではないか。ただし、正確には「下昆」は下顎骨の前面中央部であり、下顎の先端ではない。もっとも古流の伝書の図解というのは、ざっくりとしたものであることが少なくないので、見た目上の図示の部位にあまりこだわりすぎるのも、実技上は迷いのもとかなとも思う。

 「剛耳」は伝書の図では左右の耳の下端を示しているが、これは「独鈷」の当てと同じであろう。

 「天道」は、天神真楊流やその他の諸流でも、同じく天道(天倒)の当とされることが多い。

 天神真楊流では、肋骨下部左を「月影」と呼ぶが、柳剛流伝書ではこの部分を「稲妻」と図示でしている。

 続く「右脇」と「心中」だが、この2つの殺は、伝書掲載の図では部位の引き出し線が重なっており、正しい位置が不明確である。常識的に考えて「右脇」というのは右の肋骨下部、天神真楊流で言うところの「稲妻」であり、「心中」は水月と明星の中間、天神真楊流の一部伝書に記載されている「少寸」という部位にあたると考えてよいのではなかろうか。

 「雁下」は、二の腕の付け根の内側辺りが図示されている。天神真楊流系ではこの部位の殺や当は見当たらないようだが、たとえば気楽流『柔道秘術之伝』の当身図説解では、二の腕の付け根を「陽」として示している。また神道六合流の『奥秘柔術教授書特科虎之巻』では、腕の付け根、わきの下につながる大胸筋の部分を「脇陰」としている。
 ただしそれぞれの図を見ると、気楽流の「陽」や神道六合流の「脇陰」が、ほぼ完全の二の腕の付け根辺りを図示しているのに対し、柳剛流伝書の「雁下」は二の腕の付け根から少し肘側の部分の内側を指しており、厳密には異なるのかも知れない。二の腕の付け根のやや肘先の内側部分は、動脈や静脈の太い血管が通る部分であり、その部分を急所として示したとも考えられる。

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▲『奥秘柔術教授書特科虎之巻』(野口潜龍軒著)。腕の付け根に示された「脇陰」が、柳剛流殺活における「雁下」にあたるだろうか?


 「虎走」は、諸流に見られるいわゆる「草靡」である。

 「玉水」は「釣鐘(金的)」、「高風市」は「夜光」、「虎一点」は「人中」にあたる。


 以上、見てみたように、「柳剛流殺活免許巻」に示された殺や当の部位は、おおむね天神真楊流をはじめとした諸流に見られる殺法の部位と同様であることが分かった。

 一方で、以前本ブログで紹介した岡安派柳剛流に伝えられた殺法の部位・名称と、今回の仙台藩伝の殺法の部位を比べると、一部名称や部位の差異、殺点の増減が見られて興味深い。

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▲『幸手剣術古武道史』(辻淳著)に記載された、岡安派柳剛流殺法の添書。仙台藩伝の「柳剛流殺活免許巻」の殺と比較すると、仙台藩伝にある「面(面山)」=鳥兎が岡安伝では無い、仙台藩伝にはない「骨当」=霞(両毛)が岡安伝にはある、殺点の位置は同じでも名称が異なる部分があるなどの違いが分かる


 今回は仙台藩伝の「柳剛流殺活免許巻」の殺を、簡単に諸流や岡安派柳剛流と比較した。

 柳剛流の殺活は、柳剛流各派にそれぞれ伝承され、その過程で名称の差異はもとより殺点の増減などが図られたと思われる。その具体像がそれぞれどのようなものであるかは、さらに各派の伝書の発掘と比較・検討が必要である。また柳剛流柔術についての考察も必要になってくるだろう。


■参考文献
『日本柔術当身拳法』(小佐野淳師著/愛隆堂)
『実戦古武道 柔術入門』(菅野久著/愛隆堂)
『月刊空手道』第24巻第1号「現代空手の礎 柔術当身活殺術」(福昌堂)

 (了)
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