幻の木太刀/(柳剛流)
- 2015/08/21(Fri) -
 8月の恒例行事である岐阜での手裏剣術講習会と合同稽古もつつがなく終わり、翠月庵としては年末の手裏剣術講習会・合同稽古・忘年会まで、特段大きな行事などはない。

 そこで再び柳剛流の調査・研究にも注力したいところである・・・・が、現状で第一の調査目標としている、「往時、当流の稽古に使われていた木太刀はどのようなものか?」というテーマについては、いささか壁に突き当たっている。

 柳剛流の稽古に用いられていたと伝えられる木太刀の現物については、今のところ深井派師範家に伝えられて現存しているものが複数あり、それについては本ブログですでに報告した通りだ。

 できれば、この深井師範家以外にも伝承されている実物を実見し、複数の伝系の柳剛流の木太刀を比較・検討したいと思うのだが、これがなかなか見つからないのである。

 これもすでに本ブログで報告しているとおり、現在、幸手市で稽古を行っている先生方を通して、岡安派のO先生に「往時はどのような木太刀で稽古をされていたのか?」などについて問い合わせをお願いしているのだが、O先生は現在療養中とのことで、なかなかお返事がいただけない状況である。

 また最近、『幸手剣術古武道史』や『戸田剣術古武道史』の著者で、武州一帯に普及した柳剛流の事跡研究についての第一人者である辻淳先生に、再びお話を伺う機会を得たのだが、県内各地の柳剛流関係者の家々を数十年に渡って訪ね歩き調査した先生も、「深井師範家以外で、柳剛流の木刀は見たことがない・・・」とのことであった。

 その上で、岡田十内のご子孫の方が、家伝の柳剛流の資料を一括して戸田市に寄贈しているとのことで、その内容を調べてみたが、差料や伝書、門人録などはあるものの、木太刀はないとのことである。

 こうなると、後は柳剛流に関する資料等を伝承している家々や関係者に、しらみつぶしに当たってみるしかないのかと思うのだが、目当てもなくしらみつぶしにとなると、とにかく手間と時間がかかり、日々の生業と実技稽古の合間を使ってそれを行うのは、なかなかたいへんなことなのだ(苦笑)。

 ま、こうなったら、気長に調べて問い合わせていくしかあるまいね。


 一方で私の調査は、現在武州を中心にしているが、角田や登米といった、仙台藩伝柳剛流の本拠地たる宮城県内の調査に取り掛かれば、木太刀も見つかるかもしれないと、淡い期待をいだいている。

 こうなると問題は、そのための時間と予算をどう作るかということだ。

 1週間くらいかけて、宮城県内を訪ね歩きたいところだが、貧乏暇なしの物書きには、なかなか難しいところである。今年の冬あたり、青春18きっぷでも使って、じっくり当地を訪ねたいと思うのだが・・・・、角田や丸森の最寄り駅はJRぢゃあないんだよな・・・。

木太刀2
▲柳剛流深井派師範家に伝わる当流の木太刀。直刀型で長さは4尺2寸5分~4尺4寸2分。柄部分を1尺と考えると、3尺2~4寸の刀に相当する

 (了)
スポンサーサイト
この記事のURL | 柳剛流 | ▲ top
| メイン |