長刀雑感/(柳剛流)
- 2015/09/25(Fri) -
 柳剛流の稽古で長刀(なぎなた)を学ぶようになって以来、私の中でこれがちょっとしたマイブームである(笑)。

 これまで長柄系の武具は、空手道の併伝武術として宗幹流系統の六尺棒を学んだが、これは日本の古流武術系統の棒術とは異なり、構えは右構え固定で、基本的に手の内の繰り出しのような操法がほとんどないものだったので、それ以前に剣術や居合を嗜んでいた者としては、六尺棒ながらあまり間合の有利さのようなものは感じられなかった。

 また武友のひとりに薙刀を専科とする人がいるのだが、私自身がこれまであまり長柄武器に興味がなかったので(スンマセン・・・)、ほんの僅か手解きを受けた経験しかなかった。

 そんな中、柳剛流の稽古の一環として師より長刀を学ぶことになった訳だが、実際に稽古をしてみると、いやこれが実に面白いではないか!!

 ご存知の通り、柳剛流の特徴は「断足之法」といわれる脚斬りにあるわけだが、これは長刀の理を剣術に取り入れたものであるという。ゆえに当流では、免許の秘伝として長刀の形が伝えられている。

 実際に学び日々稽古をしていると、長刀を鍛錬することによって剣術での足斬りの冴えが一段と高まることが実感できる。

 なぜかといえば、仙台藩角田伝柳剛流はかなり身体的な負荷の高い体捌きを要求されるのだが、それを刀よりもはるかに長大な長刀で行わなければならないわけで、これに熟練すれば3尺程度の刀の操法は、おのずから容易になるわけだ。

 もっとも原理的には、切紙から目録の段階で剣術と居合に十分習熟し、撃剣での地稽古でもみっちりと鍛えあげた上で、免許で伝授される長刀術を学ぶわけで、いわば長刀は柳剛流的な身体育成の総仕上げの術であるといえよう。


 武術の理合としてもあまりにも当然ながら、間合が長く、斬る・突く・薙ぐ、さらに石突での打突もある長刀は剣術に比べて圧倒的に有利であり、稽古をしていると何か自分が無敵になったような「妄想」に浸ることができる(爆)。

 以前、何かの記事だか書籍だかで某有名古流槍術の師範が、「槍と剣の試合では、槍が勝つのは当たり前です。そもそも間合が違うのですから・・・」と語っていたのを読んだ記憶があるが、長刀を稽古していて、まったくその通りだろうなと思う。

 長刀を青眼に構えて胴や面への向かえ突きの気勢を示せば、相手が剣であればまず引けを取ることはなかろうし、割合容易に位で詰めることも可能であろう。

 ゆえに流祖が、

 「秘伝の長刀を伝授の上の者は、諸流剣術多しと雖も負くる事これ有るまじく候」

 と伝えたというのも、大いにうなずける。

 もっとも一対一の立合いであれば、剣術に対して長刀や槍が有利だというのは当たり前っちゃあ当たり前なことであり、相手が同じく長刀を使っていれば互角、さらには長刀よりも間合の長い槍が相手であれば、今度はこちらが不利になるであろうことは、言うまでもない。

 近世以降、長刀は婦女子の嗜む武芸として発展したというのも、男性に比べて地力に劣る女性であっても、長刀に習熟すれば剣を振るう男を相手に、互角かそれ以上に渡り合えるからではなかろうか?


 以上のような長刀の利を、兵頭流軍学の用語で説明すれば、「対抗不能性」という簡潔な言葉で表現できる。

 そして、これと同様の対抗不能性は手裏剣術も擁しているわけだが、武術としてたいへん重要な部分で、薙刀や槍と手裏剣術とでは、同じように長大な間合を有しながらも決定的に異なっている点がある。この点については、また項を改めてまとめようかと考えている。

 いずれにしても長刀の稽古、興味深し!!

1509_なぎなた
▲下から稽古用の長刀、六尺棒、杖、刀、脇差


 (了)
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