垂直ダッキングと断脚之術/(柳剛流)
- 2015/10/01(Thu) -
 伝統派空手道の組手試合によく出ていた頃、私は先生や先輩方から、「あんたはヘンな技ばっか使うよねえ・・・」と、よく言われたものだ。

 そもそもが当時、古流武術にいろいろと疑問を感じるところがあり、30歳になるのを目の前にはじめた空手道だったので、特に組手の試合や地稽古では、いろいろと試したい事が多かった。

 さらにいえば、私はチビな上に「超弩級の近眼」なので、正攻法では到底自由な殴り合いである試合に勝てなかったということもある。

 チビは間合で不利というのは誰でも分かると思うが、近眼というのも武術・武道、特に打撃系ではたいへんつらいものがある。

 当然ながら、組手時にはメガネを外す(形でも競技の際は外す)わけだが、裸眼では視力検査の一番大きい「C」の方向もまったく判別できないほどの近眼なので、メガネをはずすと相手の目線はもちろん、表情もまったく見えない。拳足も、ボヤ~っとなんとなく見える程度である。

 このような状態では、自分よりも格上の相手はもちろん、実力同レベルの相手に対しても、真っ向勝負の刻み突きやワン・ツーの応酬では、てんで勝負にならないのである。

 ゆえに私は、「ヘンな技」や「ズルい技」をできる限り使ったわけ(爆)。

 当時、組手でよく使って有効だった技は、先を取ってロングフック気味に、あるいは対の先でクロスカウンター気味に打ち込む背刀打ち、近い間合いでもつれた際に剣道の引き面のようにして打ち込む背刀打ちや回し蹴り、カウンターの上段内回し蹴り、ローキック気味の足払い、そこから連続して足を着地させずにつなげる上段回し蹴り、ナイマン蹴りなどであった。

 中でも背刀打ちとナイマン蹴りは、組手での私の代名詞のような技であり、自分なりにこだわりもあった。

 その当時、全日本空手道選手権で準優勝したばかりのK・T先生から直接、「市村さんの背刀は有効で良い技ですから、試合では引き手をもっとしっかりとると、一段と使える技になりますよ」とアドバイスをいただき、さらに自分の得意技として試合でもばんばん使えるようになったのは、懐かしい思い出だ。

 また技単体だけでなく、試合の駆け引きでも、ずいぶんと「ヘンなこと」をしたものである。

 たとえば組手の際、主審の「はじめ!」の号令と同時に全力で突進して相手の拍子を潰すとか、逆に号令と同時にコートの端まで全力で下がるとか、試合途中で間合を切る際にコートの端のギリギリまで引くとか、審判の「ヤメ」が入っていないのに一瞬わざと相手に背中を見せるとか。

 もちろん、ジョー矢吹直伝の「ぶらりノーガード戦法」もやりましたよ・・・。

 さて、そんな「ヘンなこと」の中で、実際に試合で多用し、しかもたいへん有効だったディフェンス技法に「垂直ダッキング」があった。

 以前本ブログで書いたが、当時の私の愛読書のひとつが、ドイツ・アマチュア・ボクシング連盟指導部著の『最新ボクシング教室』という、アマチュア・ボクシングの教本であった(私的名著~ドイツ・アマチュア・ボクシング連盟指導部著『最新ボクシング教室』http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-532.html)。

 同書では垂直ダッキングについて、次のように解説している。

「垂直のダッキングは主に背の低いボクサーが自分よりも大きな相手と闘うときに行うもので、垂直にダッキングしておいてからカウンターで反撃するのである。左や右にダッキングせず、かるく膝を曲げて相手のストレートをくぐって避けておいてからカウンターを打つ」

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▲ドイツ・アマチュア・ボクシング連盟指導部著『最新ボクシング教室』(ベースボール・マガジン社)より


 この垂直ダッキングを元にして、さらに極端に床に完全にしゃがむほどの深さまで垂直にダッキングし、その状態から立ち上がりざまに逆ワン・ツー、さらに右追い突きで決めるというセオリーを、自分なりに考え、繰り返し稽古したのである。

 これを地稽古や試合で使ってみると、面白いように決まった。特に相手の踏み込みの深い左の刻み突きに対してカウンターで行うと、実に有効であった。

 それを見た師範からは、「まるで、輪島のかえる跳びだね」と苦笑されたが、ボクシングでは具志堅~薬師寺世代の私にとって、輪島功一は古すぎてピンと来なかったのだが、たしかにこれは輪島のかえる跳びそのものであった・・・(苦笑)。


 その後、深い垂直ダッキングからのカウンターは私の得意技のひとつになったわけだが、今改めて思うのは、これは柳剛流の断脚之術に一脈通じる点があるということだ。

 カウンターで行う極端な垂直ダッキングは、相手からすると一瞬こちらの姿が消えたように見えるのだという。実際に私も、試合や地稽古の後、相手にそのように言われたことが何度もあった。

 同様に、柳剛流の大根本ともいえる「右剣」や「左剣」の形では、一連の打ち込みの後、急激に身を沈めて相手の脚を斬る(その際の運足に口伝あり)わけだが、このあたりの身体感覚は垂直ダッキングに非常に近いように感じる。

 時折、断脚之術への技術的批判として、「実際の立合や撃剣の試合の中で、身を沈めて相手の脚を打てるのか? 間に合うのか?」という疑問を呈する人がいるが、上記のような組手試合や地稽古の経験からも、「十分にできる!」と私は体験的に確信している。

 それは、単に相手と対している状態から身を沈めるといった単純なものではなく、そこにいたるために必要な拍子と位を備えた上で、有効に身を沈めるための運足と体捌きがあってこそのものだ。

 柳剛流の稽古をするたびに、武術としての合理的な理合の深さを、しみじみと感じている。

 (了)
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