熊野紀行序説/(旅)
- 2015/10/12(Mon) -
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▲往時の石畳の上をゆく熊野古道


 『Discover Japan』という月刊誌の取材で、熊野を旅した。

 今回のテーマは熊野古道と、その玄関口となる口(くち)熊野、現在の和歌山県田辺市のうまいものや名所、名物であった。

 熊野古道が世界遺産となるかなり前、当時、トレッキングが趣味だった私は、熊野古道を訪ねる長旅を計画していたことがあった。結局、それは諸般の事情で実現できなかったのだが、20数年後の今、改めて熊野を旅できたことはなんともうれしい。


 旅の醍醐味は思わぬハプニング。当初、取材予定には無かった古刹にて、由緒ある弓を拝見。実際に手に取らせていただくこともできた。合成弓でかなりの太さであるが、重さは見た目に比べるとかなり軽いものであった。

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▲紀州竹林派の弓術家であり、通し矢の天下一として知られる、江戸時代前期の
紀州藩士・和佐範遠が愛用していた弓を拝見


 朝は港で、シラス漁を見学。「ちょっと食べてみな」と言われていただくと、これがまた実にうまい! 誰か、冷酒でももっていないかね・・・。

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▲江川港で水揚げされたばかりのシラス


 旅の夜は、田辺の歓楽街・味光路で山海の味覚と酒を。名物のウツボ料理は、以前、土佐で食べたものよりもはるかにうまかった。また今回の取材では、「スナック」もキーワードになっているということで、十何年かぶりにスナックに入る。

 スナック・・・、それは昭和の残照。ママの絶妙なトークとカウンター芸、そしてカラオケで紀州・田辺の夜がふけていく。

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▲名物のウツボ料理各種


 旅の終わりは、紀州が産んだ知の巨人・南方熊楠関連の施設を訪ねる。熊楠家族ゆかりの研究者の方のお話は、たいへん興味深いものであった。

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▲南方熊楠が実際に使っていた書斎


 わずか3日間の旅だったが、初めて訪れた熊野は旅人を拒まない“明るい開放感”と“神と人の距離感の近さ”が印象的であった。

 詳しくは、来月発行予定の本誌を読まれたし。

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▲明治の大水害で流されるまで、熊野本宮大社があった大斎原の大鳥居

 (了)
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