新渡戸が示した古くて新しい日本人の倫理/(書評)
- 2015/10/14(Wed) -
1511_武士道


  NHKラジオ第2の番組「こころをよむ」の10月から12月までのテーマは、「 いま生きる武士道 その精神と歴史」だそうな(http://www.nhk.or.jp/r2bunka/kokoro/1510.html)。

 早速、テキストを購入して読んでみた。

 本書は、武士の起こりからはじまり、鎌倉期の武士道、室町末期から江戸初期にかけての武士道、江戸時代の武士道、そして明治以降に創作された武士道と、時代ごとの武士道=武士の規範や価値観が分かりやすい筆致でまとめられており、その上で武士でも侍でもない現代のわれわれの生き方にも資する、日本人の普遍的倫理についても指し示す好著であった。

 思うに現代、多くの人がぼんやりと認識している「(いわゆる)武士道」というものは、明治以降、国策にしたがって創作され、第二次大戦後は、右巻きの人々が都合よく解釈してきた、きわめていびつなものである。

 一方で、同じく明治となってから創作されかけた新渡戸稲造の唱えた「武士道」は、封建時代の武士階級が育んできた質の高い倫理観を、当時の西欧先進国社会の人々にも理解可能な形で整理統合し、普遍的に止揚した、日本人の新しい倫理=道徳となるべき可能性を秘めていた、たいへん格調高いものだった。

 しかし新渡戸の示した「武士道」は、明治日本国家が主導した「官製武士道」に蹂躙され、さらに同時代の文化人たちの嫉妬も加わり、その理想を強く捻じ曲げられてしまったのは本当に残念であり、それは結果として300万人が尊い命を失った昭和20年の敗戦につながるわけだ。


 21世紀を迎えた今、残念ながら「武士道」なる言葉は、差別排外主義者のイカレタ聖典か、あるいは軽薄な日本礼賛主義者のお題目となっている。

 それらは、新渡戸が示した「(新しい)武士道」の対極にある、矮小で歪んだ民族主義に過ぎない。

 だからこそ、今、改めて日本人が千年をかけて育んできた、「倫理としての武士道」を知ることは、大きな意味があるといえるだろう。

1511_ワイド版武士道


 武士道は一の独立せる倫理の掟としては消ゆるかもしれない、しかしその力は地上より滅びないであろう。
 その武勇および文徳の教訓は体系としては毀れるかもしれない。しかしその光明その栄光は、これらの廃墟を越えて長く活くるであろう。
 その象徴とする花のごとく、四方の風に散りたる後もなおその香気をもって人生を豊富にし、人類を祝福するであろう。
 (新渡戸稲造)

 (了)
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