圓朝怪談/(身辺雑記)
- 2015/10/18(Sun) -
 多忙である・・・、ちいとも儲からないが。

 次の金曜まで「死の原稿ロード」が続くが、ま、生きていくためには仕方あるまい。


 普段、仕事中はNHKのFMかAM、あるいはNACK5を流しているのだが、最近はNHKでさえ子供じみたつまらん番組が流れたりする。そういうときはニコ動やyoutube、CDなどで落語の長講を流すことが多い。

 数年前から、意識的に歌丸師匠と小朝の高座はできるだけ聞きに行くようにしているので、自宅で聞くのもこの2人が多い。

 歌丸師匠といえば、大圓朝の長講である。

 大作『真景累ケ淵』を生で聞きたくて、2年がかりで独演会に通い、来月ようやく最終話である「お熊の懺悔」に至る。

 もっとも、ニコ動に「豊志賀の死」も含む全話がアップされているので、もう何度となく聞いているわけだが、話芸はやはり高座で聞くに限る。

 そういう意味で、先々月は「豊志賀の死」、先月は「お札はがし(怪談牡丹灯篭)」と、圓朝怪談を立て続けに高座で、しかもなんと小朝の語りで聞くことができたのはたいへんうれしかった。

 歌丸師匠に比べると、話の構成や話芸としてのテクニックでは小朝の方が上手である。しかし、語り口の「味わい」という点では、やはり歌丸師匠の方が、二枚も三枚も上だ。

 また先月の高座での小朝の「お札はがし」だが、手元に1990年代後半に録音された小朝自身による同作のCDがあり、聞き比べると昔の方がぜんぜん上手かった・・・。

 小朝ほどの芸達者でも、このようなことがある。

 話芸に限らず、武芸も含めて芸事には、“上達”もあれば“下達”もあるということか。

 もっとも、腐っても小朝である。あくまで、本人のかつての録音と比べると下手だったということであり、十分に聞かせる芸であったのは言うまでもない。


 というわけで、今日もきょうとて累ヶ淵を聞きながら、紀州・熊野の原稿を書くとしよう。

 しかし、本当に今週末までに、すべての締め切りがクリアできるのだろうか? 正直、私には、はなはだ自信がない・・・・。



 (おしまい)
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