柳剛流の目録に見る剣術形の異同/(柳剛流)
- 2015/10/19(Mon) -
 柳剛流について、武州や奥州の各師範家の伝書をつらつらと見ていると、切紙については技法名にほとんど異同がない。

 各師範家ともに基本的には、備之伝十五ヶ条、剣術二ヶ条(右剣、左剣)、居合五ヶ条(向一文字、右行、左行、後詰、切上)、突杖五ヶ条(ハジキ、ハズシ、右留、左留、抜留)で構成されている。

 一方で目録については、 基本的には、剣術、小太刀、二刀、鑓・長刀入伝、備十五ヶ条フセギ秘伝という項目で構成されているのだが、各師範家ごとに、あるいは同じ師範家の同じ師範でも、伝書によってかなりの異同が見られる。ことに剣術形については、その本数や名称にかなりの違いが見られるのは興味深い。

 たとえば、戸田や江戸で教線を張った岡田十内派や仙台藩角田伝の目録を見ると、剣術形の本数は三~六ヶ条となっている。これに対して岡安派では、いずれも十ヶ条以上の剣術形名が記載されている。

 それでは、流祖・岡田惣右衛門奇良が直接出した伝書を見ると、どうなっているか?

 流祖が宮前華表太に伝授した伝書(後年、華表太から弟子の石川良助に渡され、それが現存している)を見ると、目録の剣術形は次のように記されている。

当流柳剛刀
 無心剣
 中道剣
 獅子乱刀
 捨輪刀
 相合刀
 中合刀

一子相伝
 清眼右足刀
 中道別剣
 清眼左足刀
 破先刀
 中道乱刀
 乱車刀
 相知刀
 陽遊刀
 別車刀
 飛竜刀

 以上、十六ヶ条である。


 思うに、時代が下るとともに形が取捨選択され、あるいは失伝し、流儀の体系がシンプルになっていったのではなかろうか。

 これには、流儀の創始から幕末の柳剛流興隆期に向けて、それまで以上に竹刀と防具を用いた撃剣による稽古が急速に広がり、普遍化していったことも影響しているのであろう。

 いずれにしても、武芸という無形文化は失うのは容易く、それを守り未来へ伝承していくのは実に難しいものだと、当流の伝書を読みながらしみじみと思う。

1510_柳剛流剣術形
▲仙台藩角田伝柳剛流剣術の演武。打太刀・小佐野淳師、仕太刀・瀬沼健司

 (了)
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