面をさすと云事・かつとつと云事/(武術・武道)
- 2015/12/11(Fri) -
 昨日のブログで「女子なぎなた部と男子剣道部が真剣勝負」というニュースについて触れた。

 その後、この試合のニュース画像がyoutubeに上がっているというのを、武術関係のツイッターで拝見、早速見てみた。

 それにしてもツイッターというのは、こういう「情報コミュニケーションの速さ」と「公開性」という点では、たいへん有意義なんですな。私はいまだにやっていないけども。




 ニュース映像によると、2008年からの対戦成績はなぎなたの5勝2敗。しかし昨年と一昨年は剣道の連勝とのことである。

 また、先日のブログに疑問点として書いた、「なぎなた側の突き」については、ニュース映像のテロップを見る限りでは、NGだったようですな。

 試合の映像では、剣道が逆二刀であったり、飛び上がっての面など、かなり工夫して試合に臨んだことがわかる。一方で、なぎなた側も、主将が「手元に入らせないよう、遠間で戦いたい」と話しているように、対抗不能性を十分に理解・考慮していることが分かる。

 試合結果は2勝3引き分けで剣道側の勝ちだったとのことだが、それはそれ、勝敗は兵家の常。剣道男子もなぎなた女子も、今回の結果を糧に、来年の対戦に望めばよい。


 さて、以下雑感を少々。

 ただし私は、薙刀(長刀)については柳剛流しか知らないし、なぎなた競技はまったく無知・未経験、その他の長柄武器についてもこれまで宗幹流系の六尺棒しか稽古していないので、以下、トンチンカンなことを書くかもしれないが、その辺りは流れ武芸者の戯言ということで・・・・・、ひとつ世露死苦。


 今回の試合では、安全性を配慮して体当たりと突きは無しのルールにしたとのことだが、特に突きの禁止は、剣道側よりもむしろ、なぎなた側にとって不利だったのではあるまいか?

 三尺八寸の竹刀と七尺のなぎなたでは、なぎなたに三尺二寸の間合の利がある。

 この、なぎなた側の対抗不能性を最大限に活かせるのが突き技であり、面・小手・胴などの打突はもちろん脛打ちにおいても、打突の際にわずかでも切先を振り上げなければならないため、これらの技でなぎなたの間合の利は、突に比べるとやや効果が落ちることが否めない。

 さらに、面・小手・胴あるいは脛を打つ場合も、その前の「つくり」「崩し」「フェイント」として、突き技~面・小手・胴・脛というコンビネーションがルール上できるかできないかで、技の有効性がまったく違ってくるのではなかろうか。

 打撃でいえば、リード・ジャブからのローとジャブなしのいきなりのロー、あるいは伝統派でいえばワン・ツーと単発の逆突きの差といったところである。

 ウィキペディアをみると、なぎなた競技では咽喉部への突きも有効とされているようなので、突きで崩しての脛打ちなどが、ルール上許されるか許されないかで、かなり違うのではないかなと思ったりもする。

 これは、『五輪書』で言えば、水之巻の「面をさす」や「喝咄」という教えの実践の一例でもある。


一 面をさすと云事。
面をさすと云ハ、敵太刀相になりて、
敵の太刀の間、我太刀の間に、
敵のかほを、我太刀先にてつく心に
常におもふ所、肝心也。
敵の顔をつく心あれバ、
敵のかほ、身ものるもの也。
敵をのらするやうにしてハ、
色々勝所の利有。能々工夫すべし。
戦のうちに、敵の身のる心有てハ、はや勝所也。
それによつて、面をさすと云事、
忘るべからず。兵法稽古のうちに、
此利、鍛練有べきもの也。


一 かつとつと云事。
喝咄と云ハ、何れも
我うちかけ、敵をおつこむ時、
敵又打かへす様なる所、
下より敵をつく様にあげて、かへしにて打事、
いづれもはやき拍子をもつて、喝咄と打。
喝とつきあげ、咄と打心也。
此拍子、何時も打あいの内にハ、専出合事也。
喝咄のしやう、切先あぐる心にして、
敵をつくと思ひ、あぐると一度に打拍子、
能稽古して、吟味有べき事也。



 もう1つ、試合動画を見ていて気になったのは、なぎなたを構える際、あまり石突側の手の位置が切先側に寄ってしまうと、せっかくのなぎなたの間合の利が失われてしまうのではないか? ということ。

 面・小手・胴あるいは脛を打つためには、わずかでも切先を振り上げる必要があるが、その際、石突側の手を切先側により一段と寄せた方がコンパクトにすばやく振り上げられるというメリットは分かる。しかしそうなると、せっかくの間合の利が死んでしまうデメリットもある。

 この点でも、なぎなたの突きがルール上有効であるならば、面・小手・胴あるいは脛を打つ前に面を刺して崩すことができるので、すばやく切先を振り上げることのできるメリットを多少犠牲にしても、構えた時の後ろの手をなるべく石突側にして、なぎなたの間合の利を最大限に活かしたほうが、なぎなた側にとってはよかったのではないかと思う。

 とどのつまりは、「ルールが技を規定する」ということである。

 一方で学校教育における武道という観点からは、今回のルール設定は適切だったと思う。

 剣道でもなぎなたでも、青少年を対象とした地稽古や試合稽古では、ケガや事故の蓋然性の高い「突技」は、できるだけ抑制的であるべきだと私も思う。

■『五輪書』の引用
「武蔵の五輪書を読む 五輪書研究会版テクスト全文 現代語訳と注解・評釈」
http://www.geocities.jp/themusasi2g/gorin/g206.html#r230

 (了)
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