柳剛流の免許口伝/(柳剛流)
- 2016/01/18(Mon) -
 昨日は水月塾本部にて、終日、師より個別教授にてご指導をいただき、新たに柳剛流の免許口伝である「一人ノ合敵 口伝」と活法の伝授をいただいた。



 柳剛流免許の教授項目は諸派によって多少の異同があるが、伝書類を比較すると多くの場合、まず「長刀秘伝」の技法があり、それに加えて、

一、七ツ死
一、甲冑当
一、組打
一、一人剛敵
一、法活

 の五ヶ条の口伝が伝授されるのが一般的である。

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▲岡安禎輔が明治33(1900)年に伊藤正守に出した柳剛流剣術免許
 (『幸手剣術古武道史』辻淳著より)


 ここで1つ、これら免許口伝に関して興味深い点がある。

 現在、流祖・岡田惣右衛門奇良直伝の伝書というのは、石川家に伝えられている一巻しか確認されていないはずだが、その免許伝書には長刀秘伝が記載されているのみで、その他の技法に関する記述はない。

 同様に、当流二代目である一條左馬輔直伝の免許伝書にも、(現在、私が確認している範囲内では)記載されているのは長刀秘伝のみで、その他の技法は書かれていない。

 しかしこれが、岡田十内や岡安禎輔など柳剛流の第三世代師範家が出した伝書を確認すると、長刀秘伝に加えて上記の口伝五ヶ条が記載されるようになるのである。

 さらに、たとえば岡田十内派では「手詰伝」という柔術技法が加えられていたり、岡安派では先にブログで紹介した「五眼」の口伝や死穴十三ヶ条、野戦の心得などの兵学の項目も加えられている。また伝書によっては、「毒薬大秘方扇之秘伝」や「霊方一寿散」といった薬物の調合法が伝えられているものも見受けられる。

 従来の研究では、流祖が三和無敵流を学んだことから、当流には柔術や殺法が加えられたとするのが定説であるが、このように現存する免許伝書を見ると、流祖や正統二代目である一條左馬輔直伝の免許伝書には殺法等に関する記述がなく、第三世代の師範家の記した免許伝書には記述があるというのは、どういうことなのか?

 このミッシングリンクを解明するには、当流第二世代の師範家たちが書いた伝書類の精査が必要になろう。

 いずれにしても柳剛流免許皆伝書は、時代が下がるほど技法・口伝の継承項目が増える傾向にあり、これは目録伝書に記載される技法が時代を下るとともに少なくなることと対照的である。



 今回、師より伝授をいただいた仙台藩角田伝の「一人ノ合敵」は、文字は一部異なるが武州系柳剛流など他派の免許皆伝書にみられる「一人剛敵」と同一のものであろう。

 この口伝は、私にとっては個人的にたいへん衝撃的というか、印象的というか、武術人としての因果・因縁を強烈に感じさせてくれるものであった。

 それがどのようなものなのか、具体的なことは当流の口伝ゆえ秘するが、「こんな巡り合わせがあるのか!」と、私としては万感の思いここにありといった内容であった。

 この世には、そして武芸の世界には、にわかには信じがたい「必然」というものがあるのだなあと、心からしみじみ思った次第である。



 活法について、これは以前本ブログで説明したかと思うが、剣術稽古時に組討などで卒倒することがあることから角田伝では活法が伝承されてきたということで、今回、四種の活の伝授をいただいた。

 個人的には、これまでの武術・武道人生で何度も卒倒させられた経験があり(若いころは、荒っぽい稽古をしてきたもんだ・・・)、そういった点からも今回伝授を受けた古流の活法は、たいへん学びの深いものであった。

(了)
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