春夜の雑感/(身辺雑記)
- 2009/04/24(Fri) -
 昨日は空手の稽古で、良い汗を流す。

 どういう訳か、今回は妙に相手の動きが良く見えて、相手の起こりを捉えての左の刻み突きが、面白いように極まる。

 じつはここしばらく、自宅での稽古で、剣術の切り落としをずっと思案かつ稽古していたのだが、それが何か影響しているのだろうか?

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 空手でも剣道でも、掛稽古や打ち込みを延々とやらされて、「もう動けねえ・・・」というときに、「地稽古10分」とか言われると、いわく言いがたいほど絶望的な気分になるものだ。
 
 ところが、そういう時ほど、力みが抜けて、柔らかな技が出る・・・、という事実は、気の抜けた型稽古しかしたことのない古武術家や、的打ちしかしない手裏剣術家とか、畳表しか斬らない抜刀家には、分からないのだろうなあ・・・・、などといつものように毒を吐いてみる(笑)。

 そしてまた、そういう稽古は、不惑ともなると、もうとても自主的にやる気にはならないので、できるだけ身体が動く若いうちにやっておくべきだなあと、ほんの15分間の空手の打ち込み稽古でヘトヘトになってしまう、オジサンは思うわけです・・・。

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 ここしばらく、知新流の手裏剣について、いろいろ書いてきたので、ここはひとつ、実際に1本購入してみるか・・・、っとwebを検索してみたのだが、以前、割合安く販売していた某会のページからはすでに抹消されており、唯一見つけた某店では、なんと1本7000円!

 しかしまあ、これが高いかといえば、自分も実際に手裏剣を自作した経験から言えば、「一本作る手間を考えれば、それくらいの値段はとりてえよなあ・・・」と思う。

 マスプロでない工芸品というのは、なかなか安くできないものなのだ。

 これはもう、定額給付金の出番しかないか?

 いやしかし、易学の泰斗・横井伯典師の『周易講義 第4巻』(古書:1万円)も欲しいんだよねえ・・・。

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 夜中にふと、剣術の切り落としについて思うところがあって、木剣を持って庭に出る。

 しばらくああだこうだと、木剣を振りながら思案していると、向かいのアパートの住民ににらまれた・・・。

 ま、夜中の3時過ぎだったし、私が悪いと思う。

 しかし、公園で全裸で騒ぐのよりは、ましなのだろう。

 それにつけても、今回は「メンバー」ではなく、「容疑者」なんですねえ。

 その差はいったい、なんなのだろう?

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 私もこのブログなどで、わりあい挑発的なことや、業界のタブー的なこと、あるいは「王様は裸だ」的な反権威的発言やら小論などを書いているが、人様の書いた批判調の文章を読むと、それはまさに他山の石である。

 おなじ批判でも、論理と根拠があり、なによりその意図が武術・武道を愛するものとして建設的なものというのは、批判されて「コンチクショー」と思っても、よくよく読めば、一理も二理もあるものである。

 一方で、その批判の根底に根拠や論理がなく、単なる揚げ足とりや感情論、自己顕示欲や妄想、権威主義やゴマスリなどで書かれた文章を目にしてしまうと、哀れだなあとシミジミ思うし、それどころか、その文面から毒気というか怨念というか、瘴気のようなものすら漂ってくるようにも思える。

 いや、別に誰のとはいいませんがね(笑)。

 腕がたっても、それでは、結局、人間失格。

 では己はどうか?

 武術・武道に限らす、なにごとも「事」と「理」、そして、もののあはれを感じることのできる「情け」を忘れずに、生きていきたいものだ・・・。
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