柳剛流祖岡田先生之碑/(柳剛流)
- 2016/01/27(Wed) -
 FC2のブログには、同じFC2でブログを書いている人がアクセスすると、訪問者リストにその記録が残るようになっている。このため時々、その訪問者リストを見てみるのだが、先日、

『柳剛流~岡田惣右衛門奇良 生誕250周年記念~』
http://250anniversary.blog.fc2.com/

 というブログを書いている方からの訪問者履歴があった。

 早速拝見してみると、「幸手出身の偉人・岡田惣右衛門奇良の生誕250周年を記念し、ブログを始めました」とのことで、今年の1月13日に開設されたばかりの新しいブログであった。

 ちなみに流祖・岡田惣右衛門奇良の生年は明和2(1765)年なので、昨年が生誕250周年であり、それを記念して今年からブログを開設されたということなのであろう。


 記事はまだ、1月13日に投稿された「幸手が生んだ偉人・岡田惣右衛門奇良」というもの1本しか掲載されていないが、その内容は流祖の略歴を記述するとともに、幸手市西関宿の浅間神社にある「柳剛流祖岡田先生之碑」という顕彰碑の写真を紹介している。

 この顕彰碑は、柳剛流の師範家としては第三世代に当たる石渡義行とその門人が、慶応元(1865)年に建立したものだという。私はまだ当地で実物を見たことはないのだが、機会を見つけてぜひ拝見したいと思っていたものだ。

 以下、この碑文の訓読と裏面の建立者名を、辻淳先生の著書『幸手剣術古武道史』や森田栄先生の『日本剣道史 第十号』から引用しよう。


柳剛流祖岡田先生之碑

  先生江戸の人。諱、奇良、惣右衛門と称す。
 その剣法巍然也。独立変動神の如し。
 世に勍敵無く一家を立て法命を柳剛流と曰う。
 剛を取って柔を偏廃すべからず也。誉望に振るへ
 海内、四方の士争って門を造る。余の師
 林右膳はかって先生に従い数年学ぶ。才芸
 超倫。善くその統を継ぐ。余、右膳に従って業を受け
 故に、その祖恩を感じ石を建て表顕す。其の美しきか如く。
 この資、余の門人智久興時等の力あり。
  慶応紀元乙丑夏六月
  石渡義行謹記 喜多徳書 

 (碑裏面)

 石渡義行門人
 新井竹蔵菅原元吉
 村井正七藤原勝任
 喜多村幸兵衛源富易
 智久宗兵衛源興時
  三吉
  巳之助
  万吉
  圓蔵
  千太郎
  新太郎
  銀次郎
  石工 針谷壽老米



 なおちなみに、流祖生誕の地は武州葛飾郡惣新田であり、この石碑にある「先生江戸の人」というのは、生誕地としては誤りである。

 また、裏面に名前が記載されている石渡義行の門人たちは、万延元年の『武術英名録』に、山内柳剛流の剣士として記載されているという。

 ところが石碑の文面を読んで分かるように、彼らの師は石渡義行であり、石渡の師は流祖の高弟であった林右膳である。つまり彼らの伝系に「山内」という人物は存在していないのだが、なぜか武術英名録では「山内柳剛流」と紹介されており、その謎は深まるばかりである。


 いずれにしても、柳剛流に関する情報発信が増えるというのは、当流を学び伝承する者として、うれしい限りである。

 『柳剛流~岡田惣右衛門奇良 生誕250周年記念~』ブログの今後の記事に、大いに期待したい。


 ■引用・参考文献
 『幸手剣術古武道史』辻淳著/剣術流派調査研究会
 『日本剣道史 第十号 柳剛流研究(その1)』森田栄著/日本剣道史編纂所

 (了)
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