柳剛流の名称の由来についての疑問(その3)/(柳剛流)
- 2016/02/15(Mon) -
 このブログの記述は、完成された論文や最終調査報告ではなく、そのときそのときの論考や調査・研究で感じたこと・分かったことをつらつらと書いている、ある意味で「速報集」「調査・考察メモ」的なものだ。

 そういう意味で、ここに書いたことが完全無欠の定説であるなどとは私自身まったく思っていないし、私の記述に誤りや勘違い、勇み足も少なくないかと思う。それらに関しては、間違いが分かればそのつど明確に訂正してきたし、今後もそのように対応する所存だ。

 その上で柳剛流に関しては、実践者として鍛錬を続けつつ、いずれは実技を継承する者の立場から、流史や体系などについてより正しい情報を取りまとめ、web上で公開するなり、あるいは私家版でかまわないので書物としてまとめ、国会図書館に収めたいと考えている。

 なにしろ、いまだに流祖・岡田惣右衛門奇良と岡田十内叙吉が混同されていたり、「返す刃で脛を薙ぐ」とか、「突いて突いて、突きまくる」とか、棒術も伝承されているといった、当流に関する誤った情報が広く流布し、一歩間違えればそれが定説になりかねないからだ。

 また柳剛流に関しては、「下賎な百姓剣法」や「卑怯・下劣な技」などといったネガティブなイメージも色濃く、そういうものもできるだけ啓発していければと考えている。

 というような、私の所存的な書き出しでなぜ今回の記事がはじまるのか・・・・? ま、ある種のイイワケです、はい。



 前回記事にて私は、

 「柳剛流の流儀名の由来について、 『根をしめて 風にまかする柳見よ なびく枝には 雪折れもなし』という古歌から付けられたという話が流布している。これは、『武芸流派大辞典』の記述に基づいた説であろう」と書き、その上で 「では綿t谷氏らは、この話を誰からどのように聞いたのか?」

 と疑問を呈した。

 さてそこで、今日も今日とて、日曜日だというのに口唇ヘルペスの治療やニキビの予防法などといった生業のための雑文を書きつつ、休憩中につらつらと柳剛流に関する資料を読んでいた。

 公刊されている柳剛流のまとまった資料としてもっとも古く、現代の柳剛流研究の先駆けとなったのは、本ブログでもたびたび紹介している森田栄先生著『日本剣道史第十号 柳剛流研究(その1)』である。

 本書は昭和48(1973)年に発行されたもので、その後の山本邦夫教授による柳剛流研究も、あるいは辻淳先生の武州系柳剛流に関する膨大かつ詳細な調査報告群にしても、この『日本剣道史第十号 柳剛流研究(その1)』が大きな礎になったことは間違いない。私も当然ながら、本書は常に手元に置いて、折を見て読むようにしている。

 当然今回、「柳剛流の名称の由来についての疑問」というテーマで一文をまとめてみようと思った際、『日本剣道史第十号 柳剛流研究(その1)』にも目を通しておいた。

 同書P3には、

 「(流旨)柳の枝の風に折れぬ柔能く剛を制するの心をもって柳剛流と号し、変化自在、殊に脚を断つ術を独創す」

 と記されている。

 この一文は、後で詳しく紹介するが仙台藩角田伝柳剛流が伝承された宮城県角田市にある長泉寺にて、明治35(1902)年に建てられた「柳剛流開祖岡田先生之碑」の文言に基づいた流名の由来であり、、他の石碑や古文書の記述などと比較しても、もっとも妥当で信憑性のある当流流名の由来といえるものだ。

 この角田の石碑をはじめ、石巻にある嘉永元(1848)年建立の「柳剛流祖岡田先生之碑」、武州系柳剛流師範家の大家・岡安家に伝えられる製作年月日不明の「柳剛流岡田先生画像記」、武州系の一部伝書でも、当流の流儀名の由来は、同様の内容が記されている。

 一方で、「根をしめて~」の古歌から云々という記述は、上記の資料その他には、まったく見当たらないのだ。


 という点から今回の一連の記事を書きはじめ、いまのところ「根をしめて~」の話は、『武芸流派大辞典』の綿谷氏らの言説がはじまりではないか? という仮説にいたったというのが、前回記事の趣旨である。

 そうなると、綿谷氏(山田忠史氏?)が稽古した竜野藩伝柳剛流に関する資料を当たらないと、このあたりの真偽や根拠は分からないなあなどと思いつつ、本日も森田先生の『日本剣道史第十号 柳剛流研究(その1)』を、なんということもなく斜め読みしていた。

 するとだ。

 同書のP4に、以下のような記述があるではないか!!


 「そして、古歌の、根をしめて風にまかする柳みよ、靡く枝には雪折れもなし、という柳の枝の柔を以って風や雪に折れぬ、即ち柳の柔にして剛なる心をとって柳剛流と号したものと思われます」


 なんとまあ、最初からの見落としかよ・・・・・・。

 この『日本剣道史第十号 柳剛流研究(その1)』の発行は昭和48(1973)年であり、先に引用した『武芸流派大辞典』の増補改訂版の発行が昭和53(1978)年。そして、『武芸流派大辞典』の初版は昭和44(1969)年である。

 ということは、『武芸流派大辞典』の初版に、「根をしめて~」云々の話が掲載されていなければ、この件の本ボシは、『日本剣道史第十号 柳剛流研究(その1)』という可能性が、きわめて濃厚になる。

 おまけに本書は、以前本ブログでも指摘したけれど、これもやはり柳剛流に関する典型的なデマというか間違いのひとつである、「脚を薙いで、避けられたらそのまま刀の背の刃で斬る」という説の出所であり、その他にも、武術の非実践者ゆえの誤謬が少なくない資料なので、ある意味で要注意でもあるのだ。


 というわけで、またまた訂正すると、

 柳剛流の流儀名の由来について、 「根をしめて 風にまかする柳見よ なびく枝には 雪折れもなし」という古歌から付けられたという話が流布している。これは、『日本剣道史第十号 柳剛流研究(その1)』の記述に基づいた説であろう。

 というのが、現時点での有力な仮説である。

 さてこうなると、『武芸流派大辞典』の初版の内容を、なんとしても確認しなければならない。

 いつ国会図書館に行こうかねえ・・・・・・。

 (つづく)
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