『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』を読む(その3)/(柳剛流)
- 2016/03/17(Thu) -
 今回の『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』で最も興味深い点の一つは、新たに著者の南部修哉氏が入手した、昭和14(1939)年に、旧制角田中学校剣術師範・斉藤龍三郎が記した『柳剛流剣術免許巻』と『柳剛流殺活免許巻』、および『起請文』が全文掲載されていることである。

 免許巻に記載されている内容は、以下の通りである

1.前文
2.武道歌
3.眼之大事
4.極意秘伝「一心」(口伝)
5.長刀秘伝
6.毒蒜大秘法扇之秘伝
7.一方靈蘓散
8.七ツ死(口伝)
9.甲冑当(口伝)
10.組討(口伝)
11.一人之剛敵(口伝)
12.活法(口伝)

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 これら免許巻の記載内容について、たとえば武州で伝承されていた岡安派師範家が明治~大正時代に出した免許巻と比べても、内容はほぼすべて一致している。

 一方で、同じ角田伝柳剛流の免許巻でも、角田伝の祖である岡田左馬輔が嘉永元(1848)年に戸田泰助や菅野孝三郎に出した免許には、1.前文と5.長刀秘伝しか記載されていない。

 また、流祖・岡田惣右衛門奇良直筆の免許といわれる石川家文書では、免許の記載は1.前文と2.武道歌、4.極意秘伝「一心」(口伝)、5.長刀秘伝のみの記載となっている。

 これは以前も本ブログで指摘したことだが、柳剛流の伝書は全般的な傾向として、切紙は各派・各時代での記載内容の変動が非常に少なく、目録は時代が下るとともに記載内容が簡略化され、免許は時代が下るとともに記載内容が増えていく傾向にある。これは、今回本書に掲載された伝書を見ても同様であることが確認できる。

 こうした傾向について、たとえば免許巻については、時代が新しくなるごとに秘伝が付け加えられてきたのか、あるいは名称などは免許に記載されていなかったものの、当初から伝承されてきた口伝が次第に文字として掲載されるようになったのか? そのあたりの事実については、もはや定かではない。


 ところで、本書に掲載された免許巻で特筆できるのは、「毒蒜大秘法扇之秘伝」と「一方靈蘓散」について、その内容が伝書に詳しく書かれていることである。

 この2つの薬方については、たとえば明治21年に佐藤戸一郎(旧制角田中学校二代目剣術師範)から我妻利一郎が受けた免許巻にも、同じように名称だけでなく内容を解説する記載がある。

 一方で、武州系の岡安師範家の出した免許では、毒蒜大秘法扇之秘伝の記載はなく、「霊方一寿散」という気付け薬の名称のみが記載されている。この霊方一寿散が、角田伝の一方靈蘓散と同じものであるかはつまびらかではない。また同じ武州系でも、岡田十内が出した免許巻には、こうした薬方の記述は見当たらないようである。

 では「毒蒜大秘法扇之秘伝」と「一方靈蘓散」の具体的な内容はどのようなものか?

 ナイショである!

 ・・・・・・・・・。

 と、もったいぶるわけではないが、あまりなんでもかんでもネットで公開するのも何なので、興味のある方は図書館へ行って本書を探し一読されたし。

 さわりだけ記せば、「毒蒜大秘法扇之秘伝」は生物毒の抽出法とその使い方についての口伝であり、「一方靈蘓散」は究極の気付け薬についての説明である。

 こうした薬方について、科学的妥当性はさておき、ひとつの伝統文化としてそれを伝えていくことにも意味があるといえるだろう。

 (了)
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