柳剛流の戦い方(その1)/(柳剛流)
- 2016/04/05(Tue) -
 過日、明治大学の長尾進教授が執筆した、『試合剣術の発展過程に関する研究-「神道無念流剣術心得書』の分析-』(https://www.jstage.jst.go.jp/article/budo1968/29/1/29_17/_pdf)という論文を読んだ。

 この論文は、常陸国多賀郡助川村(現在の日立市)の郷士であった武藤七之介が、神道無念流剣士の立場から諸流派の防具着用状況、竹刀の形状、試合口(技術的特徴)を詳述した『神道無念流剣術心得書』という古文書について考察したものである。

 この『神道無念流剣術心得書』に記されている諸流派の中に柳剛流があり、往時の柳剛流の撃剣稽古の様相を知ることができる。


 柳剛流の「試合口」について、撃剣稽古は面・小手・胴、そして竹の脛当てを付けて行い、その断脚之術=足打ちは「他流になき事なり」と記されているのは、まさに当流の面目躍如だ。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、たしかに断脚之術は柳剛流の最大の特徴であるが、それが他流に皆無の技ではないことだ。

 この心得書を記した武藤自身も、柳剛流の試合口の部分では足打ちについて「他流になき事なり」と書いている一方で、一刀流との試合対策として「敵つよき時は、上段より足を打つ。勢眼の時は、敵の頭と足を打つようにすべし」と記している。

 その上で本論文の筆者である長尾氏は、『加藤田平八郎東遊日記抄』に記された、「北辰一刀流千葉周作道場では、長竹刀を使う場合は足を払うことを認めていた」ことなども引用しつつ、

 「足打ちは必ずしも柳剛流のみに行われたものではなく、相手との強弱関係や対応関係、用いる道具などによっては、柳剛流以外の流派においても打突の方法の一つととらえられていたことが窺える」

 と指摘する。

 次いで武藤七之介は、柳剛流剣士との対戦のコツを以下のように記す。

 自分は下段にとり竹刀先を下げて、「敵の頭」(起こり頭の意味か?)を打つように心がける。敵はこちらの「五尺の体をきらいなく打つ」ので、近くに寄せないようにすべきである。あるいは自分はもっぱら上段に構え、相手の隙を見て遠間から片手打ちを繰り出すのも良い。

 ここでもう1つ注意しておきたいのは、柳剛流の剣士は「五尺の体をきらいなく打つ」という点だ。

 当時は、防具を付けての竹刀での打ち合い稽古の過渡期であった。このため、面と小手についてはおおむね大多数の流派で着用して打ち合うことが一般的であったが、胴については防具を付けない、つまり打突部位としない流儀も少なくなかった。

 本論文によれば当時、新陰流や鏡新明智流、義経流や浅山一伝流は、面と小手のみで胴の防具は使用していなかったという。そして、この心得書の筆者である武藤七之介が学ぶ神道無念流も、撃剣ではもっぱら面と小手のみを着用した流儀として知られている。

 このため武藤は、鏡新明智流との試合口において、「敵も胴なき事なれば腹・足は打つべからず」と戒め、撃剣稽古の公平性を強調している点にも注目したい。

 このように当時の撃剣稽古では、各流派ごとの防具着用の慣習から打突部位が限定されている中で、柳剛流は面・小手・胴そして足と全身の各部位に打突部位を定め、「五尺の体をきらいなく打つ」ことが大きな特徴と捉えられたのだろう。


 柳剛流の刀法の特徴は、「斬足之法」「身体四肢無一所不斬突也」「棄剣手捉以決勝敗」の3つにある(文政3[1820]年の「奉献御宝前」額文より)。

 『神道無念流剣術心得書』からは、これらの柳剛流の特徴が、竹刀と防具を用いた打ち合い稽古にも如実に表れていたことが分かる。

 (つづく)
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