師との縁/(武術・武道)
- 2016/06/17(Fri) -
 先の日曜は、月に一度の水月塾本部での稽古であった。

 今回も柳剛流の剣術、居合、突杖、長刀について、師に打太刀をとっていただき、あるいは居合を検分していただき、さまざまな点について手直しをしていただいた。


 12歳から武術の稽古を始めて35年。

 今、改めて思うのは、このように手直しをしてくださる師匠がいるということは、実にありがたいということだ。

 若い頃に学んだ柔術や剣術、あるいは29歳からはじめた空手道などについてはそれぞれ師匠や先輩方に教え導いていただくことができた。

 しかし30代後半から専心してる手裏剣術に関しては、先行研究者や共同研究者、武友や弟子などはいるものの、いわゆる「師」という存在はいない。

 ゆえに私の手裏剣術については、責任はすべて私自身にある。

 これはいろいろな意味で、重く、時には苦しいものである。

 それを考えると今、柳剛流をはじめとした古流武術について、師から教えを受け手直しをしていただけるというのは、本当に安心で心強い。


 振り返ると、若くて生意気盛りな頃は、たとえば師匠や先輩に指導されると、素直に聞いているつもりでも、時には心のどこかで、「ちっ、うっせーな」という、かの有名なスノーボーダー氏の台詞のような反抗心じみたものが、ほんの一瞬よぎったりすることもあった。

 しかしその後の武術・武道人生で、師匠のいない稽古の重さや苦しみを知り、しかも不惑どころか天命の年齢が目前に迫ると、稽古を通じて教え諭してくれる師や先輩の言葉を、本当に素直に受け入れられるようになった。

 ある意味で今は、市井の武術人として自分なりに守・破・離を経て、再び、しかし一段上の「守」に回帰したような心待ちだ。


 また、最近親が死んだばかりだからかもしれないが、人生においてもこれは同様で、「叱ってもらえるうちが花」というのは、本当にその通りだと思う。

 たぶん、先日辞職した元東京都知事は、身近に親身になって叱ってくれる人がいなかったのだろうね、かわいそうに。

 私の場合、組織に属さないフリーランスの取材記者であることから、仕事の上司などはいない。しかも、業界でのキャリアがすでに25年(四半世紀!)を超えるロートル記者ともなると、編集者やディレクターなどに叱られることもない。

 仕事でドジをふんだら、干されて依頼が来なくなるだけだ。

 このため今となっては、何かで自分をたしなめてくれる存在は、この世には師匠と武友、恋人と数人の友人しかいない。


 思うに武芸を志す者というのは、私自身も含め、誰でも大なり小なり唯我独尊なところがあろう。

 むしろある程度、そういった独立不羈の精神、万夫不当の心がなければ、ひとかどの武術人としてひとり立ちをし、小なりといえども稽古会の看板など掲げることはできまい。

 それでもやはり、武術人としての「規矩」を示してくれる師の存在というのは、かけがえのないものだ。

 そう考えると私は武術・武道に関しては、古流武術にしても空手道にしても、「師との縁」にとても恵まれていると、改めてしみじみ思う。

201606_空手188
▲10年ほど前の空手道現役時代。黒帯会の合宿にて、
日本代表として世界選手権に組手で出場したS先生より
直接指導をいただいた際のひとコマ。古流武術でも空手
道でも、師や先輩の存在のありがたさを、この歳になって
改めて痛感する。それにしても、若いな自分・・・・・・

 (了)
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