的に刺さった手裏剣は、小刀でほじくり出す必要はありません/(手裏剣術)
- 2016/06/28(Tue) -
 国際水月塾武術協会本部のブログにて、「墨遷 『写真学筆』 の手裏剣稽古」という記事が掲載されている(http://japanbujut.exblog.jp/25925919/)。

 この記事に対して、非営利団体日本武道文化研究所/居合文化研究会の川村景信氏がTwitter上で、

 「朕思うに左のヒトはじゃんけんか何かで負けて手裏剣抜き係やってるだけだと思うの」

 と論評し、あわせて他の方からの問いに答える形で、当該図の人物が持っている小刀について、

 「的に刺さった手裏剣をほじくり出すためのものである」


 と断定している。

 (一連のツイート→https://twitter.com/h_rokuyou/status/746711073852534788

 これらの川村氏の発言のなかでも、「図左下の人物が持っている小刀は、的に刺さった手裏剣をほじくり出すためのものである」という指摘について、手裏剣術者である翠月庵主の立場から反論をしておこうと思う。


 まず第一に、『写真学筆』 に描かれている的の材質が木材なのか、あるいは畳など木よりも柔らかい素材に人面を描いた紙や布を張ったものであるのかは、絵を見ただけでは詳らかではない。

 そこで、たとえば的が畳だった場合はどうであろうか?

 私は以前、全長255ミリ/身幅13ミリ/重ね6ミリ/重量144グラムの短刀型手裏剣(翠月剣)を、間合2~5間から直打で打ち、バスマット+軽量畳の的を貫通させたことがある。(2013.11.4.本ブログ記事「手裏剣肘にはテーピング」/http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-496.html)。

 これほど深く的に刺さっても、手裏剣は手で引き抜ける。

 ゆえに、わざわざ小刀で的に刺さった手裏剣をほじくり出す必要はない。

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▲5間直打

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▲3間直打


  また小太刀を手裏剣に打つ「飛刀術」の場合、間合1~2間であれば重量畳を容易に貫通するが、その場合でも的に刺さった小太刀は手で引き抜くことができる。


▲この打剣では小太刀が重量畳を貫通しているが、この後、手で引き抜いている


 では的が木の場合はどうか?

 まず前提として、手裏剣の的になるだけの一定の厚みと強度を持つ木の的に対して手裏剣を打った場合、上記写真や動画のように手裏剣や小太刀が的を貫通するということはない。

 錬士相当の手裏剣術者(※1)が、1~2間の近距離からフルパワーで重量剣を打ったとしても、せいぜい剣先から1寸も的に突き刺さればたいしたものである。

 そしてこの場合も、打ち込んだ手裏剣は、手で引き抜くことができる。

 わざわざ小刀でほじくり出す必要はない。


 そもそも、香取神道流や明府真影流が使っているようなタイプの軽量剣でも、あるいは上記写真にある翠月庵の短刀型手裏剣のような重量剣でも、さらには全長約240ミリ/身幅25.5ミリ/重ね6ミリ/重さ約224グラムの円明流写しの超重量剣でも、打ち込んだ手裏剣を小刀でほじくり出さなければならないほど深く、木の的にめり込ませるなどというのは、人間技では到底考えられない。

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▲円明流写しの超重量剣


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▲円明流写しの剣を2間直打・座打ちで打つ。的はバスマット+ジョイントマットの3枚重ね


 疑問があるなら、実際に直打でも反転打でもよいので、木製の的に手裏剣を打ち込んでみればよい。

 直打や反転打ができないのであれば、足元に木の的を置いて、昔の子供の遊びの「釘刺し」の要領で、手裏剣でもナイフでもよいので全力で打ち込んで試してみれば、すぐに分かるだろう(※2)。

 木などの堅い的に対して、小刀でほじくり出さなければならないほど深々と手裏剣やナイフを刺せるような猛烈な打剣ができるのだとすれば、それはウルク=ハイのような怪力のバケモノではあるまいか?

201606_ウルクハイ
▲ウルク=ハイのラーツ氏


 また欧米では、日本武術の手裏剣とは比べ物にならないほど長大で重量級のナイフや斧を使っての、ナイフ・スローイングなどがよく行われている。

 その際、的は木材であることがほとんどだが、この場合も「小刀等を使ってほじくり出さなければならないほど深く的にナイフや斧が刺さった」という話を、私は聞いたことがない。

 どんなに的に深々と打ち込んだとしても、それが手裏剣やナイフ、斧や打根など、人力で投擲できるものであり、なおかつ鏃のような「返し」のない投擲物である以上、必ず手で引き抜ける。これが人間の遣う「術」の限界なのである。

 当然ながら弓や石弓など、なんらかの「器械」で矢や剣などの飛翔物を打ち込んだのであれば、小刀でほじくり出さねばならないほど深々と刺さることもあるだろう。

 あるいは鏃のように「返し」がある投擲物の場合、やはり小刀などでほじくりださないと、抜くことができないかもしれない。

 しかし、 『写真学筆』 の当該図で描かれているのは、器械を使わない人力による打剣であり、そこで使われている手裏剣は鏃のような「返し」のない、一般的な棒手裏剣である。


 というわけで、

『写真学筆』の当該図に描かれている人物が持っている小刀は、少なくとも「手裏剣のほじくり出し用」ではない。

 ということは、断言してよいかと思う。

 これについて、史料や実践経験に基づいた反論があれば、手裏剣術を志す者としてぜひ後学のために真摯な気持ちで伺いたいと思う。

 そうでなければ、公の場で特定の武芸に関する事象に対し、根拠を示さずに安易な断定をするのは、「いかがなものか?」と思わざるをえない。



 主義主張や思想・心情などといった「価値的命題」については、根拠のない主観による断定も許される。

 しかし事象に関する「科学的命題」には、エビデンス(根拠)に基づいた論考が必須だ。

 ゆえに、自説が根拠に乏しい推論であれば、それが推論であることを明確にした上で、「・・・・・・ではなかろうか?」などと、慎重かつ丁寧な表記や発言を心がけるべきだろう。

 思うに武術・武道の世界で多くみられる、「特定個人による、たいした根拠のない誤った推論が、いつしか定説になって信じられてしまう」という悪習は、このような表記や発言に対する慎重さの欠如にあるのかもしれない。

 私自身も、こうした誤謬を「他山の石」にしたいと思う。

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▲三間から逆体での直打。板金を打つ心(フルパワー)で、全長255ミリ/身幅13ミリ/重ね6ミリ/重量144グラムの短刀型手裏剣(翠月剣)を畳+バスマット+ジョイントマットの的に打つ。これらは全部、手で抜けます。もちろん、畳だけの的や木の的に打ち込んでも同じ。いちいち刺さった手裏剣を抜くために小刀で的をほじくっていたら、そのたびに的が傷んでしまい何枚あっても足りません・・・・・・


※1
「三間半強・八寸的に六割以上の的中で、手裏剣術は錬士相当、目録」(成瀬関次師著『臨戦刀術』より意訳引用)。

※2
畳やマットと異なり、木のような堅い的の場合、手裏剣が失中すると相当な距離まで跳ね返ってくることがあるので、木の的で検証実験をしようという人は十分に注意されたし。

 (了)
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