負けに学ぶ/(武術・武道)
- 2016/07/24(Sun) -
 去年から剛柔流空手道の稽古を始めた甥っ子(5歳)が、先日、初めての昇級審査に落ちてしまったという。

 落ち込んでいるのかなと思ったが、むしろ本人は、さらに稽古にやる気がでてきたようだと両親は話していた。

 私はこの会派の先生方などには面識はないのだけれど、幼年部の子供の最初の審査でも、ダメな子はちゃんと落とすというのは、しっかりとした見識のある会派だと思う。

 武術・武道をやっていると、審査だけではなく試合でも、あるいは日々の稽古でも、何度も落ちたり、負けたり、挫折したりする。

 それが人を勁(つよ)くする。



 思えば、自分も何度となく負けてきた。

 特に、古流に疑問を感じて29歳から飛び込んだ空手道の世界では、そういう挫折を、何度となく痛感させられてきた。

 おまけに私はチビで未熟なわりに、負けん気だけは強かったこともあってか(学生時代のあだ名は「狂犬」or「火の玉」であった・・・)、あるいは当たり負けをしない方タイプだったからか、どういうわけか試合にしても地稽古でも、欧米人の相手をさせられることが多かった。

 そして欧米の空手人というのは、伝統派であるにも関わらず、試合や地稽古ではやたらと当ててくるのである(苦笑)。

 ライトコンタクトどころではなく、ほとんど顔面ありのフルコンタクト並みにぶち込んでくることも、まれではなかった(最近はどうか知りません。なにしろ10年以上も前の話です・・・・)。

 おかげで、上段回し蹴りを顔面にぶち込まれて奥歯を割られたり、思い切り顔面を叩かれたりしたこともたびたびで、それが原因で負けたり、あるいは勝ったり(反則勝ちですな)したことも何度もあった。

 ただ多くの場合、当時は「ぶち込まれたら、ぶち込み返せ!」というバンカラな気風がまだ残っていたので、そういう時はこちらも思い切り得意の背刀を顔面に叩き込みつつ投げを打って床に叩きつけて踏み潰したり、ナイハンチで鍛えた足払いという名の関節蹴りで相手の膝をつぶしにかかったりと殺伐な組手をしたのは、青春期の最後の思い出である・・・・。



 当時、古流の武術に疑問を感じて飛び込んだ空手道の世界であったが、その後再び思うところがあり、斯界を離れまた古流の世界に戻ってきた私だけれど、競技や地稽古でたくさん負けて、またたくさん痛い思いをしたことは、今の古流武術の稽古においても、精神的にとても有意義な経験になっている。

 こうした点で、一部の古流修行者には痛みの伴う稽古や、身体的な負荷の高い稽古(ようするにキツい稽古)を避けたがる傾向があるが、それは武術・武道人としては致命的だろう。

 思うに古流武術の稽古は、たとえそれが静謐な形稽古であっても、「懸中待、待中懸」の心法を存分に尽くせば、それはたいへん緊迫感のある、厳しい稽古となるものだ。

 実際私など、本部にて師に打太刀を執っていただき柳剛流の形稽古を行うと、毎回、心身ともにへとへとになってしまう・・・。

 古流の形といえども、こうした厳しい気概で緊張感のある稽古をしなければ、それはもはや「武」ではなく舞踊にすぎない。

 そして、私はこうした心持ちを、厳しく、痛く、何度も負けて悔しい思いをした、空手道の稽古を通して、よりつよく学ばせてもらったと感じている。

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▲平成19年の流派全国大会での組手試合のひとコマ



 甥っ子もこれから、たくさん負けたり、痛い思いをしたり、悔しい思いをするだろう。

 それが彼の人生を、より豊かにすることを、同じ「武の道」のほんの少し前を歩く伯父さんは願っている。

 そしてもし、いつか彼が古流武術にも興味をもってくれたら、とてもうれしく思う。

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▲次は何色帯かな?


 (了)
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