施設警備の視点から/(時評)
- 2016/07/29(Fri) -
 相模原の事件に関する報道が続いている。

 犯人の精神構造や心の闇、なぜそのような思考に至ったかなどをつまびらかにすることは、今後起こるであろう蓋然性の高い、模倣による犯罪被害を未然に防ぐためにもたいへん重要なことだ。



 私は若い頃、ALSOK(綜合警備保障株式会社)に勤務して警備業に携っていたが、その当時教えられた教訓に、

 「守るのは、攻めるより難しい」

 というものがある。

 これは、かの有名な『七人の侍』の台詞だけれど、某大手電機企業の常駐警備隊に配属されたばかりの、まだ嘴の黄色いヒヨコだった私に、社内で「鬼」と怖れられていたS隊長が諭してくれた言葉でもある。

 軍事学に「先制主導の原則」というのがあるけれど、基本的に攻撃を仕掛ける側は、「いつ」「どこで」「だれを」「どのように」攻撃するのかを任意に選択できる。ゆえに専守防衛である限り、攻撃する側は防御をする側よりも圧倒的に有利であり、それは防犯や警備においても同じだ。

 もちろん警備する側が火器などで重武装をした上で、怪しげだと思われる人物を片っ端から先制攻撃したり、任意に拘束したりするような「攻勢防御(Offensive Defense)」を実施するなら話は別だが、そんなことは法治国家である日本では当然できない。

 中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国といった非法治国家では、こうした攻勢防御も容易に可能であろうが・・・・・・。

 ゆえに防犯上も、基本的には「守るのは、攻めるより難しい」のである。

 
一方で、やはり軍事学で「攻撃三倍の法則」というものがある。

 これは戦闘において有効な攻撃を行うためには相手の三倍の兵力が必要というもので、防御は攻撃よりも有効な戦闘行動であることを示している。

 なぜなら、攻撃側は防御側の戦闘力を完全に撃破し無力化しなければならないが、防御側は相手の攻撃企図を撃破するだけで「防御」という目的を達成できるからである。

 警備や防犯においても、さまざまな抑止行動や防犯対策によって、何らかの侵害を企てようとする相手の企図を挫くことで、防御を有利に展開することが可能だ。


 以上の点を念頭に置いた上で、今回の事件を施設警備という観点からみると、できるはずだったいくつかの対策があったように思われる。

 まず最も重要なのは、施設管理者が、犯人の攻撃企図の現実性を、どの程度認識していたかという点にある。

 繰り返されてきた異常な発言や行動、その結果としての職場からの排除と措置入院、そしてその後の退院という経過から、

 「入居者の命に関わる、深刻な事態が起こる蓋然性が高い」

 と施設管理者が認識していたかどうか?

 この認識が強ければ強いほど、施設の防犯・警備体制も強化されていただろう。

 もっとも一般的な社会認識として、今回のような大量殺害が福祉施設で行われるというのは、おそらく誰もが予想できなかったことであり、それについて施設管理者の責任を追及することは適切ではない。

 しかし今回、このような事件が起こってしまった以上、今後は同様の犯罪行為が起こりうることを念頭において、「防御のための想像力」を働かせる必要があるといっても過言ではあるまい。

 では施設管理者が、「利用者や入居者の命に関わる、深刻な事態が起こる蓋然性が高い」と判断した上で、どのような対策がとれただろう?

 これについては、司法や行政との連携とその対応など公的な対策と、自分たちで取りうる私的な対策の2つがある。以下ここでは、そのうちの私的な対策について考える。


 まず施設面に関して。

 今回事案では、犯人は窓ガラスをハンマーで破壊して侵入したと伝えられているが、何者かによる攻撃(犯罪行為)が予測される場合、まず進入経路の第一線となる施設や家屋の窓ガラスを、割れにくい防犯ガラスにすることが望ましい。加えて鍵はすべて補助鍵を加え、ダブルロックとするべきである。

 コストの問題でこうした対応が難しい場合は、せめて既存のガラスに防犯フィルムを張ることだけでも、しておいて損はないだろう。

 今回被害にあったような居住型の福祉施設では、最近は多くの場合、居室のユニット化や個室化が進められている。

 一方でこうした施設では、夜間も入居者の介助が必要なことから、各ユニット室あるいは個室については、ドアがなかったり、あっても鍵がついていない。

 当然ながら、日々の介護負担などを考えると、居室の施錠というのは現実的には難しいのだが、事態の深刻さを考えれば、今後はこうした点も検討すべきだろう。


 次に、警備体制の強化である。

 今回の犯行時、施設には警備職員が1名いたとのこと報道があるが、この警備職員というのは自法人採用の警備担当職員なのか、あるいは警備会社の職員なのか? その違いによっても、施設の防御力が異なってくる。

 当然ながら、自法人採用の警備担当職員よりも、警備会社の職員の方が、警備に対する資質が高い、つまり防御力が高いことは言うまでもない。

 また警備会社の警備員でも、ALSOKやセコム、セントラル警備保障などといった大手警備会社と、中高年を再雇用して主に道路の交通整理をやっているような地域の零細警備会社とでは、職員の資質、防犯対策のノウハウ、防犯機材の充実度などにおいて、たいへん大きな差がある。

 ゆえに可能なかぎり、大手警備会社による常駐警備の依頼をするのが、私的に取りうる最も確実な防犯対策だ。

 コスト面で、常駐警備を依頼するのが難しい場合、警報が発せられると車で警備員が駆けつける、機械警備やホームセキュリティを導入する方法もある。

 ただしこうした機械警備については、警報が発せられてから警備員が現場に到着するまでのタイムラグという問題がある。

 警備業法では、発報から30分以内に現場に到着することが定められているが、発報から現場到着までの時間は警備会社や地域によってさまざまだ。

 今回のように殺傷を企図したような侵害の急迫性が高い事案において、発報から警備員の到着まで20分も30分も時間がかかるようでは、パニックルームなどが用意されていない限り、警備・防犯の効果がないのが現実である

 ちなみに私が勤務していた当時(1980年代後半~90年代前半)、発報から現場到着までの時間に関しては、ALSOKよりもセコムの方が全国的により早かったように記憶している。

 なお、機械警備で警備員が出動する際、誤報ではなく実際に犯罪が行われていると確実に思われる場合は、出動と同時に所轄の警察にも連絡がされるルールになっていた。

 こうした場合、110番通報を受けてから、警察官が現場に到着するまでのいわゆる「レスポンス・タイム」は、全国平均で6分57秒となっている(平成26年度警察白書より)ことも、覚えておくとよいだろう。


 次に警備人員の配置について。

 今回被害にあった施設では、夜間の警備職員が1名であったというが、これはたいへん防御力が低いと言わざるをえない。

 万が一、1名の侵入者があった場合、警備職員1名では彼我の戦力比は1:1であり、両者の年齢や体力に差があれば(多くの場合、零細警備会社や自社採用の警備職員はリタイヤ前後の中高年である)、相手を制圧することは難しい。さらに1名体制の夜勤では、仮眠中など、事実上、無防備状態になる時間が発生する。

 このため、上記の「攻撃三倍の法則」の通り、理想は3名以上の警備隊編成による常駐警備が最適なのだが、少なくとも昼夜ともに2名体制による警備が望ましい。


 次に、警備職員の装備について。

 日本の警備員は、警備業法によって携帯できる護身用具が厳しく規制されている。またその使用は、正当防衛と緊急避難にあたる場合にのみ認められる。

 私が勤務をしていた頃は、3段式のノーベル社製の特殊警棒(警戒棒)または木製警棒のみの貧弱な装備であった。

 近年は犯罪の凶悪化に対応し、対刃物用の「鍔付警戒棒」、「警戒杖」、「さすまた」、「ライオットシールド」の携帯も認められるようになっているという。

 その上で、今回のように、あらかじめ大量殺害が予告されているようなケースでは、さすまた+警戒杖+ライオットシールドの装備が必要であろう。

 また、警備会社による警備ではなく、自法人の雇用による警備職員(宿直要員)であれば、これは厳密には軽犯罪法や警備業法に抵触する可能性があるのだけれど、自身や周囲の人の生命を急迫不正の侵害から守るためには、催涙スプレーやスタンガンといった相手を死傷させることなく無力化する非致死性兵器(non-lethal weapons)の携帯も考慮するべきだろう。

 ちなみにJRでは、数年前の暴行事件以来、一部路線の女性車掌には護身用として、催涙スプレーを携帯させているという。

 特に、今後多発することが予想される、また今回もそのケースに当たる可能性が考えられる薬物乱用者に対しては、催涙スプレーの使用が最も効果的だ。

 薬物乱用者は、痛みや苦痛への耐性が異常に亢進している場合があり、警戒棒での打突がまったく効かないことも少なくない。それどころか、逆手などで関節を破壊しても、まったく意に介さない者もいる。

 こうした場合でも、粘膜に対する刺激は有効であることから、催涙スプレーの使用が効果的だ。具体的には、海外の法執行機関や軍警察等で採用されている、OCガスを使用した催涙スプレーの使用が推奨される。

 OCガスは唐辛子の成分を濃縮したもので、ごくわずかでも目に入れば激痛で目が開けられなくなり、行動不能に陥る。一方で、人体には深刻な被害を与えず、数時間が過ぎれば目の機能も正常に戻るので、きわめて人道的な護身用具でもある。

 さらに武術・武道人の立場からひと言付け加えると、現在普及している防犯用のさすまたは、本来の武具としてのさすまたと比較すると、相手を取り押さえるU字型の部分の基部、柄につながるところに針状の突起がないことから、著しく制圧能力が低下している。

 さすまたは本来、この部分に針状の突起があるために、取り押さえられた相手がさすまたをつかんで抵抗しにくくなっているのだから、現代の防犯用さすまたも、この点をなんらかの方法で改善すべきであろう。

 なお現状では、複数人数によるさすまた使用を推奨することで、相手の抵抗を封じるように指導されている。 



 以上、主に施設警備の観点から、今回事案に関する課題を考えた。

 最後に繰り返しになるが、こうした防犯対策において最も重要なのは、「命に関わる深刻な事態が起こる蓋然性が高い」と、当事者や責任者が想像できるかどうかということだ。

 つまり、防犯や警備に関する「覚悟」の有無である。

 この認識さえあれば、あとは個別のテクニック的な問題に過ぎない。

 本事案の場合、そもそも犯罪とは最も縁遠い場所であろう福祉施設が、異常者の攻撃対象になってしまったという点に悲劇の根幹があるのだが、だとしてもなんらかの犯罪被害の予兆があった段階で、管理者は可能な範囲で最大限の防御行動をとるべきであったろう。

 また上記で示したような防犯対策は、警備会社への常駐警備の依頼にしても、防犯ガラスの導入にしても、いずれも多額のコストがかかり、誰もが容易にできるものではない。

 しかし、命に関わる明確な攻撃企図が示されているにも関わらず、コストや人材の問題から対策をまったく講じないというのは、利用者や入居者の安全を担保すべき施設管理者として、あまりに無知無策である。

 個人の防犯でも、施設の警備でも、あるいは国家の防衛でも、それぞれの資産や能力に違いがあるのはしかたのないことだ。しかし資金力が無い、防御能力が低いからといって、守るべき人々の安全を放棄することは、責任ある人間のとるべき態度ではない。

 そういう時こそ人間は、生物としての最大最強の戦闘器官である「頭脳」を働かせるべきなのだ。


 今回の事件で被害にあわれた方々に深い哀悼の意とお見舞いを捧げつつ、今後、同種の犯罪が繰り返されないこと、また万が一繰り返されたとしても、それらが未然にあるいは最小限に防がれることを願ってやまない。

 (了)
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