8月の本部稽古~柳剛流木刀、小笠原流伝書、鎖分銅/(武術・武道)
- 2016/08/29(Mon) -
 昨日は、水月塾本部での稽古であった。

 午前中は、4尺を超える柳剛流の木刀を使っての剣術からはじまり、突杖、居合、長刀の稽古。

 小佐野先生に、剣術から長刀までご指導をいただく。

 なお、柳剛流木刀の詳細については、水月塾本部のブログ「柳剛流の木刀」(http://japanbujut.exblog.jp/26127215/)を参照されたし。

 実際にこの木刀を使って形稽古を行うと、最初は間合に若干戸惑ったものの、慣れてくると非常にしっくりとくる。そして、武具の違いと体の動きや感じ方との、微妙で繊細な関係性を実感することができる。

 流儀に伝わる武具を使ってこその、「なるほど、そうだったのか!」という実感と発見は、ある意味で古流武術を稽古することの醍醐味のひとつといえるだろう。


 昼食をはさんで午後、まずは史料講義として、師が所蔵されている小笠原流の伝書を拝見、解説をしていただいた。

 この伝書は、各種武具と五行との照応に関するもので、太刀や脇差、薙刀や槍などの武具の各部分に八百万の神仏が配され、それぞれの武具に木火土金水の五行が当てはめられているというものだ。

 私は周易や気学を少々かじっているので、五行の照応や相生・相尅は多少は分かるが、それらと武具との関係というのは、また非常に興味深い。

 以下、師にご許可がいただけたので、一部を紹介しよう。

160828_小笠原流伝書1


160828_小笠原流伝書2


160828_小笠原流伝書3


 面白いなあと思うのは、こうした東洋哲学における照応が、周易からはじまり漢易をへて、さらに道教が加わって成立した"五行”という「ファイリングシステム」によって整理されているのに対し、西洋ではユダヤ教のカバラからはじまり中世の薔薇十字団をへて、さらに19世紀末から20世紀の間に興隆した魔術結社によって成立した"生命の樹”という「ファイリングシステム」によって整理されているという類似点だ。

 まあ、カバラと密教との類似点などという高尚かつ剣呑な話題は、私のような街角の流れ武芸者にはいささか荷が重いテーマなのであまり深追いはせず、せいぜい早九字でも切るか五芒星追儺の儀の励行で、身辺を清浄にしておく程度にとどめておこう。


 午後は、柔術稽古の一環として、水月塾制定の鎖分銅の形を二手、教授していただく。

 私は昔から、鎖分銅という武具にはいろいろと疑問があった。

 たとえば、

1.鎖分銅は捕方の武器というが、こんなもんでひっぱたかれたりしたら、怪我するか悪くすれば死んじまって、生け捕りが目的の捕縛武器にはならんだろう!?

2. 隠し武器というが、鎖分銅って見た目凶悪っぽいし、そもそもこんなもんそのままジャラジャラと腰にぶら下げていたり、手に持っていたら、ものすごい武器持ってますよアピールで、ぜんぜん隠し武器ぢゃないじゃん! 

3.振り回して使う打撃武器と考えると、こんなに扱いにくい武器はないんじゃなかろうか。私だったら二尺の鎖分銅よりも、同寸の短棒や警戒棒を選ぶね(キリッ

 といった具合である。

 しかし、師より口伝を交えて形を教授していただくと、「なるほど、そういうことか!」と、目からうろこが5枚ほどはがれた。

 何事も、師伝によって実際に学んでみないと分からないものだとしみじみ実感した次第。

160828_分銅鎖
▲古流の伝統に則った鎖分銅


 (了)
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